行ったり来たり秋祭り①

「おう、これやるわ」
 部活終わりの帰り道、俺は流川に一枚の券を渡した。
 朝晩、肌寒さを覚えるようになった十月も終わりのことだった。
 流川が受け取った紙を裏表にひっくり返しながら珍しそうに眺めている。
「文化祭、俺らのクラスは焼きそば屋になったんだ。それの券。それで焼きそば一個食えるぞ」
 そう告げると、流川は「どーも」と言って学ランの上着のポケットにしまった。しまった後でポケットをぽんっと叩いた。
「焼きそばは俺が作るんだぞ」
「へえ」
「お前も食いに来いよ。俺が作るんだから絶対うめえぞ」
「わかった」
 これは本当に来る返事だな。恋人に良いところを見せたいと更にやる気になる俺だった。
「お前のクラスは何やるんだ?」
「・・・・・・さあ」
 いつだって、バスケ以外に興味なし。
「じゃあ当日のお前は暇人か」
「ひまじゃねえ」と流川は首を振った。
「暇じゃねえのか?」
「なんか、立っとけって言われた。立っとく係」
「たっとくかかりぃ? そんなもんがあってたまるかよ」
「ある」と自分で自分を指差した。
「・・・・・・ホントに立っとくんかよ」
「そう」
 そうって。本当にそんな係があるのだろうか。疑わしすぎるが「そうか」としか、もう言いようがなかった。
「そんじゃまあ立っとく係とやらに飽きたら来いよ。いや、飽きなくても来い。伝説の桜木焼きそば食いに来い」
「分かった」
「オレも焼き終わったら、立ってるお前とやらを見に行くな」
そう言うと流川は俺の手を握ってきた。俺も負けじとぎゅうっと握り返した。

***

「桜木君やっぱり先生たちも欲しいんだって!」
「さっきので最後って言ってたじゃねえか! 麺が足りねえよ!」
「買ってくるから! お願い!」
 クラスの奴らは手を合わせて叫びながら駆けていった。
「なんだこの忙しさは」
 焼きそば屋は恐ろしいほどの盛況ぶりだった。開店直後はぼちぼちの客足だったが、口コミ効果であれよあれよという間に列ができていき、11時15分現在、中庭に設営された俺のクラスのテント前は大行列が出来ている。さっきから好奇の視線を感じるしカメラも向けられている。ねじりはち巻きに、「祭」と書かれた赤いハッピを羽織って、雰囲気を出すために下は練習着の短パンをあわせている。この上なくめでたい格好の俺は撮り甲斐もあるだろう。両手に持ったヘラをカチカチいわせて俺は汗だくになって焼いていた。
「なあ、俺だけ異常に忙しくねえか?」
「お前は徳を積んでるよ」
 洋平がそう言いながら、焼きそばをパックに詰めてクラスメイトに渡す。洋平は俺の隣で出来上がった焼きそばをパックに詰めていく係なのだ。
「水戸くん、後でうちのクラスにも遊びに来て」
 パックを手にした女子の人たちが洋平に話しかける。
「水戸くん、がんばってね」
 焼いているのは俺なのに。
「なんでお前にがんばれなんだよ」
「そりゃオレもがんばってるからじゃない?」
「花道ぃ~がんばれー」
 振り返ると、暇な三人組がニヤニヤしながらオレに手を振ってきた。よそのクラスのくせに七組のテントの奥を陣取っている。あの連中はチケットが売り出された時から「これは売れるぞ」と目をつけて券を買い漁っていた。そして文化祭当日、カモになりそうな奴を見つけては定価300円に100円上乗せして売りつけている。とんでもない奴らだ。
「おい、そば屋急げよ!」
「なんだと!?」と声の主を探すと、ミッチーとリョーチンがニヤニヤ笑いながら俺を見ていた。冷やかしだ。
「そば屋じゃねえ、焼きそば屋だ!」
 二人は笑いながらヒラヒラと手を振って違うクラスのテントに入っていった。あの凸凹コンビはさっき高宮たちの餌食になっていた。

「お、来たぞ。お前の本命が」
 洋平のセリフにドキッとして視線を走らせる。行列の向こうに流川の姿が見えた。アイツもでかいからすぐ分かる。流川は何か変なものを着ていた。いつもの白シャツの上に光沢のある黒いベスト、首には蝶ネクタイみたいなのをしている。休憩中の音楽家みたいな格好だ。ハッピ姿の俺と同じくらい奇妙だった。音楽家は迷うことなくまっすぐ俺のところまでやって来て、この前俺が渡した券を「ん」と出してきた。
「流川、サマになってるね」
 洋平が言うと、少し間をおいて流川は自分の格好を見た。着ていることを忘れていたような間だった。
「おいキツネ、券は俺じゃなくてあっちの「焼きそば渡し係」の奴に渡すんだ。いやまずその前に並べ。列に並んで自分の番が来たら、券と交換して焼きそばを貰うんだ。だからとにかくまずは並べ」
 言われた流川は振り返って列を見てから、「分かった」と言って券をポケットに収めた。
「お前の仕事は終わったのかよ」
 例の「立っとく係」だ。
「まだ」
「流川のクラスってなにやってんの? 喫茶店?」手際よくパックに焼きそばを詰めながら洋平が尋ねる。
「ゲーム大会」
 流川の情報が更新されていた。
「流川はそこで飲み物出したりすんの?」
「しねえ」
「そうなんだ、なんか格好はカフェの店員みたいだけどな」
「おーい流川よお~」
 背後から高宮達の声がした。
「こっち来いこっち来い」
 呼ばれた流川がふらふらとそちらへ向かう。
「花道の焼きそばならここにしこたまあるから。お前は特別に350円で譲ってやるよ」
 高宮達の怪しいセリフが聞こえて来て、耳をそばだてる。
「え、金持ってねえの?」
「ああ」
「なんでねえのよ」
「忘れた」
「文化祭に?」
「まじかよ」
「どうする?」
「どうするって、こっちも商売だからなあ」
 なーにが商売だ。闇商売のくせに。ボソボソと、三人の相談めいた声があった後で「しょうがねえなあ」と聞こえた。
「特別だ、やるよ。うめえぞ? 花道の焼きそば」
「どうも」と流川が礼を言っている。よく分からないがあそこで友情が成立している。
 焼きそば一パックを手にして戻ってきた流川が「もらった」と報告してきた。「無欲の勝利だな」と洋平が笑っている。
「祭って書いてある」
「あ?」
「背中」と言って俺のハッピの裾をツンッと引っ張ってきた。
「ああ、これな」
 首を捻って自分の背中に目をやる。
「目立つだろ。お前も大概だけどな」
 改めて流川の姿を眺める。いつもの流川よりもちょっと大人っぽく見えてドキドキする。服の効果ってすごいな、と感心していると、突然「あ! いた!」と聞こえた。バスケ部の石井がこちらを指差しながら息を切らして立っていた。
「ちょっとちょっと、流川君!」と近づいてきて、「わあ桜木君、本格的だね」と俺への感想を述べた後、「流川くんだめだよ立っていないと! みんな探してるよ」と流川を叱った。流川は本当に「立っとく係」のようだった。石井が早足で行く後ろを流川がついて歩く。途中でちらっと振り返ってきたので、俺はヘラを持ち上げて「頑張れよ」のエールを送った。

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