飛んで行け

「おー・・・・・・飛んでる飛んでる」

どきどきしながら試し半分に家の窓から放したピーは、そのまま見えなくなるまで飛んでいった。 俺らを一度も振り返ることなく・・・当たり前だけどな。

いっぱい羽を動かして広くて青い空を飛んでいったピーは、この家にいたとき以上に小さく見えた。
小さく見えたけど、大きく感じた。
あいつは鳥だったんだなあと改めて思った。

「手、あつくるしー」

流川に言われて、手を握ったままだったことに気づいた。

「あたたかいといえよな」
「あたたかい」

素直に返されて驚いてしまう。
流川を見ると流川は空を眺め続けていた。たまらずその頭をクシャっと撫でると、「ヤメロ」と迷惑そうに俺のぬくもりあふれる手を振り払った。
へーへー。

ふとピーのねぐらだった箱が目に映る。
もとはうちにあったティッシュの箱だった。
中身を全部出して、上をカッターで切り取って、下にティッシュを敷き詰めて作った。小学生の時、生き物係みたいなのをやったなあと思い出しながら作った。俺が作っている間中、流川はしきりに感心していた。

しゃがんで、思い出の箱を手に取り、ここ最近の暮らしを振り返る。
ピーピーやかましかったがじつに可愛いヤツだった。
公園まで餌をとりに行ったり、流川がやたらと泊まりに来たり、怪我が治りはじめて少しずつ飛べるようになってからはあちこちにフンを落としやがって往生したなあ、とか思い出す。
フンにまつわる笑い話を思い出して「なあ」と流川を見ると、流川はまだぼんやり空を見ていて、それを見てちょっと切なくなる。

「・・代わりのでも飼うか?」

わざと尋ねてみると、蹴ってきた。
へーへー。

「あいつの代わりなんかいねーよなー」

代弁してやると、また蹴ってきた。でも今度のはゆるめだった。

この箱はさっさと片付けてしまおう。
丁重かつ迅速に片付けちまおう。
ここにいつまでもあるとだめだ。たぶん、流川がだめだ。そんな気がした。

「あとで夕飯の買出しに行こうな」いつものセリフを言いながら箱を片しはじめると、左肩にあったかいものを感じて、流川の頭がそこにあった。俺の肩におでこをあてながら窓の外を、空を、眺めていた。すげえ切なくなって、思わず髪に唇を押し付ける。お前どうしちまったんだよ。

「夜、何、食いて?」

肩を動かして流川の頭を揺らしながら、食いたいモンを尋ねる。

「・・なんでもいー」

おでこを肩にのっけたまま流川がぐんにゃりと答える。

「泣いてンのかぁー?」
「ンなわけねー」

殴られるのを覚悟してからかうように聞いたのに、流川はなんにも仕掛けてこなかった。
「あいつ、ホントちっこかったな」というと、流川は「ああ」と言った。「かわいかったな」というと、やっぱり「ああ」と短く言った。
「ピーって俺らの子どもみたいだったな」というと、静かに笑った。ようやく笑った。「テメーが母か」というので、父がいいなあと思ったが、流川が笑ったことが嬉しかったので、まあいいやと思った。だから俺は「そうかもなあ」と言っておいた。
それから流川は腰に腕を回してきた。その手をさすると「テメー・・でっかい」と言ったので、「おまえもなあ」と俺は返した。

2009/07/12
ピーっていう子どもの鳥を拾ったっていう設定で
しばらく小さい日記を書いていたんです。
その最後、巣立っていったんですよね。