あったかいかと思って通してはみたが、部屋の中も寒々としていた。暖房器具はこたつしかない。エアコンもストーブももったいないから使わない。オースケがもの珍しそうにコタツを眺めている。
「入っとけ」
そう言うと、こっくり頷いたが動かない。
「そこに入るんだ」
言われるとオースケは恐る恐るこたつ布団をめくった。腕を入れたりしている。本当に知らないようだ。
「足だ。足。足を突っ込んでみろ」
緊張の面持ちで、足をこたつに入れている。それを見ながら、腰をかがめて電源を入れてやる。
「じわじわあったかくなるからな」と言うと、また頷いた。
「お前、腹減ってるか?」
俺はもうペコペコだった。
「うん」
冷蔵庫を開けると、タマネギと卵がいくつかとわずかの鶏肉があったので、親子丼を作ることにした。貴重な食糧だが一人で食べるほど鬼ではない。
台所から部屋を覗いてみると、オースケは垂直の姿勢でこたつに入って自分を見ていた。ドキッとした。この感じ、ずっと昔にもあったな。デジャブウってやつかな。ちょっとすると、あったまってきたんだろう、上着を脱ぎ始めた。紺色のふわふわした暖かそうなセーターを着ていた。なんて言うんだろうな、いいとこの子って感じがした。
「なあおまえ、こんなところで何してたんだよ。友だちの家が近いとかか? 迷子になったんか?」
「まいごじゃない」
これくらいの年の子どもは迷子扱いされるのをいやがるんだよな。
ショッピングモールで警備の仕事をした時に、迷子に何度も会ったことがある。迷子かと尋ねると親が迷子だと言い張る子どもがいた。
「できた」
出来上がった親子丼と水の入ったグラスを目の前に置いてやると、俺を見たまま動かない。「食えよ冷めるぞ」と言うと「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。
「おいしい!」
その言葉に、「そうだろう」と気を良くする。俺は料理がうまいのだ。
「お前、歳いくつだ?」
顔を上げた。詰め込みすぎてほっぺが膨らんでいる。
「七才くらいか?」
首を振った。
「六歳か?」と尋ねると「うん」と頷いた。
「保育園とかにいってんのか?」と聞くと、「きりんぐみ」と言った。
「部屋にきりんがいるのか?」
「どあほー」
聞き覚えのある言葉に驚いた。それから再び思い出したくない人間の顔が浮かぶ。
「その言葉はいけねえぞ」
俺のセリフにオースケが目をぱちくりさせる。
「そんな言葉使ったら、おまえ人間でいられなくなるぞ。その言葉を使い続けて最後、キツネになった男を俺は知ってる」
オースケは固まったままだ。
「おまえキツネになりたいか?」
「なりたくない」
ふるふると首を振る。素直な反応だ。
「あと、サルっていうのも言ったらだめだぞ」
これはついでだった。
「おさるさん」
「さん付けしてもだめだ。分かったか? サルって呼ぶのもだめだからな」
人差し指でバッテンに交差させて告げると、オースケは「わかった」と神妙に頷いた
急に素直になった。何が良かったのか、家に入ったからか、腹が満たされたからか。何にしても素直なのはいいことだ。
「それ食ったら家まで送っていってやる」
オースケがポカンという顔をした。
「帰るだろ?」
「まだいる」
「いやだめだろ」
「まだいる」
そう言って、こたつにぐーっとからだを入れた。
「送ってってやるから」
「いやだ」
「親が心配するだろ?」
「しないよ」
オースケの顔が曇る。
それを見て、もしかしてひどい目に遭わされてんのかと考えた。見たところ怪我はなさそうだし、身なりだって、明らかに大人の手が加わってる感じだ。俺よりもよほど裕福そうに見える。でもなあ見た目だけじゃ分かんねえからな。何があるかわからねえからな。見とかねえとな。
「俺がちゃんと家までついてって、話をつけてやるから」
「まだあそびたい」
なかなかの頑固者だ。
「そりゃ別にお前一人くらい泊めるのくらいなんてことはないけど、勝手にそんなことしたらぜってーあとで怒られるからな。誰にも言わないでそんなことしたら、人さらいだとか誘拐だとか言われて、俺、へたしたら牢屋に入れられるかもしれねえ」
俺のセリフをオースケはこたつからちょこんと顔だけ出して聞いている。
「そんで牢屋でケンカに明け暮れてあっという間に牢屋の王様だ。なんせ俺はケンカの達人だからな、俺は強いんだ」
「つよいの?」
「ああ、強い。けんかじゃ負けなしだ。すげえんだ。だから、あれよあれよという間に牢屋の中の総番長の大元締めになって、そしたら俺一生牢屋から出られなくなるかもしれねえ」
オースケの目が大きくなる。
「俺は一生この家に戻ってこれなくなるかもしれねえ」
まあでも牢屋の方が食いっぱぐれなくてすみそうだと頭の片隅でチラッと思った。
「ぼく、かえる」
「帰るか?」
「うん」と言ってコタツから出て、立ち上がった。一生牢屋が効いたようだった。
こいつは、いいやつだと思った。
「また来てもいいぞ」
「ほんと?」
「ああ、お前のこと気に入った。好きなときにうちに来ていい」
そういうとパーッと花が咲いたみたいに笑った。それは嬉しそうな顔だった。
「上着を忘れずに着ろよ。家までの道わかるか?」
「わかる」
えらく自信満々に頷いた。
「じゃあ送って行ってやろう」
そういうと今度は「うん」と元気良く返事をした。