途中まではオースケに先を歩かせて道案内をさせていたけど、角っこでスピードを出したばかなトラックに跳ねられそうになったし、タバコを手に持って歩くヤツの火がオースケの顔を掠めたりした。このヤロウ気をつけろ、と思わず説教をした。世の中はずい分子どもに危なく出来ているようだ。色々心配だったので、最終的に俺は肩車をすることにした。子どもと言えば肩車だろ。俺が親にしてもらった数少ない「ふれあい」のひとつだ。
「どうだ、俺の肩車は高いだろ」
「うん!」
「そうだろうそうだろう」
俺の親父はたいして背は高くなかったが、それでも子どもの自分に比べたらやはり大きく感じた。肩に乗った途端、世界がぐんと広がったのを覚えている。ああいうちょっとした思い出でも子どもってのは覚えてるもんだ。
俺の頭の上で小さな手が動く。なんだか興奮しているようだ。
「おとーさんみたい!」
「お前の父ちゃん、でかいのか?」
「おおきいよ。いちばんおおきいよ」
「そりゃいいな」
ひどい目に遭わされてるんじゃないみたいだ。親父のことをこんな風に言えるくらいだ、慕っているんだろう。俺の心は軽やかになった。
「とーちゃんはどっちにいるんだ?」
「あっち!」と指差す方向に向かう。
それから、こっち、あっち、と向かわされた。コンビニのある角を曲がり、タバコ屋の前を通り過ぎて、郵便ポストをタッチし、緩やかな坂を上る。歩くにつれて俺の頭にはひとつの疑問が浮かびはじめていた。
「なあ、おまえ、ちゃんとした名前はなんて言うんだよ」
「さっきいったよ」
「ちがうちがう。名前ってのは長いだろ。俺は桜木花道だ。花道の前に名前があるんだよ。お前もなんとかオースケっていうんだろ?」
「……うん」
分かったような分かってないような返事が返ってくる。
「なんて言うんだ?」
「るかわ」
心臓がドクンっと音を立てた。
「………お、お前のとーちゃんはなんて名前なんだ」
「るかわかえで」
この辺にいる「るかわかえで」って言ったらもうあいつしかいねえだろ。日本中探したってアレしかいないんじゃねえのか。間違いない、るかわかえでは、俺の知ってるあの流川だ。チクショウ、こいつはアイツの子どもかよ。
「はなみち、あっち!」
オースケが無邪気に指示を出してくる。でももう俺はオースケの案内なしで行けた。行かなくなって随分経つのに身体はしっかり覚えているもんだな。
途中で何度も「ここでな」とオースケと別れたくなった。だけど余りに夜道が暗かった。街灯はあったがそんなのじゃ何の足しにもならないくらい暗く思えた。こんなところに置き去りにすることは、俺にはどうしても出来なかった。
「……お前何歳って言ったっけ」
「ろくさい」
頭が勝手に計算をする、十七か十八、そのあたりか。高校卒業とほぼ同時じゃねえか。心がずきずきと痛む。もしかしたらかぶってるんじゃないか。あいつに子どもができたなんて話、全然聞かなかったし聞かされてなかった。まあ高校卒業した後アイツがどうなったかなんて聞きもしなかったし。みんなも俺には何も言わなかった。
「ついた!」
オースケが叫んだのは、『流川』という表札の出た家の前だった。
相変わらずでかい。
あいつ、まだこの家に住んでいたんだな。
オースケをおろし、「じゃあな」と別れた。そのつもりだったが、ぐいっと服を引っ張ってきた。
「あそんでって」
「あそばねえよ」
「あそんで」
「あそばねえ! 俺はもう帰るんだっ!」
流川の子どもなんかと遊べるかっ!
そう思った途端、オースケが顔を歪めた。やばい、と思ったのと同時に、わーんと声を出して泣いた。
「泣くんじゃねえ」と言っても泣き止まない。子どものあやし方なんかしらねえよ。困ったな。参ったな。しゃがんで頭を撫でたりしてみたが全然だめだった。うわんうわんと泣き続けた。こんなに子どもが泣いてるのに誰も外に出てこねえのか。家には明かりがついているのに誰もいねえのか?
俺が泣かしたのに可哀想で仕方ない。泣き顔見てると俺までつられて泣きたくなってきた。一体全体どうしたらいいか分からない。途方にくれていると「オースケッ」と背後から声がした。
振り向くと、見覚えのある影が立っていた。
ついに現れたか。
名前を呼ばれて、オースケが泣き止んだ。「おとーさん」と叫んで駆け出した。