花咲く旅路11

 オースケと一緒に涙を流しているうちに流川の家についた。
「着いたぞ」
 疲れたのか俺の腕の中でウトウトしていて、降りそうにもない。しょうがないので直接引き渡すことにした。門灯とどこかの部屋に明かりがついている。誰かいるだろうとチャイムを押しかけた。その時、物音と大きな声が聞こえた。オースケの体が俺の腕の中でびくっと揺れた。思わず俺も手を引っ込めた。なんだ今のは。そっとドアを開けると尖った声が聞こえてきた。女の人の声だった。オースケが身を縮こまらせていることに気付いて、俺はドアを閉じた。
 ドアから少し離れたところで オースケを降ろし、一緒にしゃがみこむ。すっかり目が覚めてしまったのかパッチリとした目で俺を見つめている。おでこから頭をぐいっと撫でてやる。こいつもなかなか苦労をしていそうだな。
「あそんで」
 お前はそればっかりだな、と笑った。
「なにするよ」
「しりとり」
「おし。キツネ」
「ねこ!」
「こども」
「もも」
「そう来たか」
 あの家は今、どうなっているんだろう。さっきの声は何だったんだ。誰があんな声を出したのだろうか。流川が関係しているんだろうか。流川が誰かにあんな声を出させるなんて信じられないが、でも高校の頃は俺としょっちゅうやりあっていた。だから、ないことでもないのだ。もしかしたらさっきの声はオースケの母親かもしれない。子どもを一緒に作るくらいだ。むき出しの感情をぶつけ合うことだってあるだろう。そういう深い関係を流川は俺以外の誰かと作ったんだな。

「おーちゃん?」
 不意に、声が来こえた。見ると通りの向こうに人影があった。すぐにわかった。あれは流川のお母さんだ。
「おばあちゃん」
 やっぱりな。オースケが言うのを聞いて立ち上がると、「桜木くん?」と名前を呼ばれた。
「こんばんは」
 間近まで来た時に「本当に桜木くんだ」とお母さんが言った。お母さんが手をのばすとオースケが自然に手を伸ばしてふたりは手をつないだ。オースケとそうしながらも、お母さんは俺から目が離せないようだった。俺は照れくさくて、頭を掻いた。
「桜木君が連れてきてくれたの?」
「あ、そうです」と言うと目が大きくなった。
「ありがとう。おーちゃん、勝手に出て行ったらダメでしょ」
「ちゃんといったよ」
「言ったの?」
「いった!」
 オースケが怒っている。こいつがこうまで言うのだから本当に言ったのだろう。言えば良いってもんでもない気がするが、オースケは言いつけを守ってちゃんと行き先を言って出てきたのだ。それを誰も聞いていなかった。この家はきっとオースケどころじゃないのだ。

「ねえ桜木君、入っていって」
「いや、ここで」
「そんな、せっかく久しぶりに会えたのに。楓に会ってやって。絶対に、絶対に喜ぶから」
「いや、今朝会ったし・・・・・・って言うか、最近けっこう会ってて」
 あいつ、何も言ってないのかよ。もう一ヶ月近くほぼ毎日来てるくせに、なんて奴だ。
「楓は桜木君に会っているの?」
「最近ですけど、はい」
「そうだったの・・・・・・そうだったのね」おかあさんが静かに言った。
「あー、じゃあ」と言うと、お母さんが「またきてね」と言ってきた。俺はそれが何故かお願いされているように聞こえた。しゃがんでオースケに目線を合わせる。
「オースケ、俺はどうしても守らないといけねえ約束をしてて、明日とその次の日、またお前と遊べないんだ」
 オースケの顔が曇る。
「そんな顔するな。二日だ。その後はまたおまえといる。約束する。俺の約束は絶対だ」
「うん」
 語りかけているうちに顔つきが凛々しくなった。
「待っててくれるか?」
「くれる!」最後は力強く頷いた。
 よっし。
 家の方をもう一度見たが流川が出てくる気配はなかった。
 二人に別れを告げて、その場を後にした。

***

 カンカンカンと階段を上がる音が聞こえた。
 ギクリとして、布団を敷いていた手を止めた。足音がどんどん近づいてきて俺の心臓の音もどんどん大きくなる。家の前で音は止まった。
 コンコン
 戸を叩く音で心臓が跳ねた。
 ドアを開けると流川が立っていた。外の冷たい空気が部屋に入り込む。無言で体を後ろに引くと、ためらうことなく流川はうちに足を踏み入れた。今までとは違うすごい目をして俺を見てきた。そんな目で見てくるくせに何も言わない。
「オースケに会ったか?」
「会った」
 こいつの顔面の威力を思い知らされる。つくづく良いツラをしていやがるのだ。
「アイツ、やっぱり俺の家に来ようとしてたみたいだ」
 流川は頷いた。
「俺に働くなって言ってた。一緒にいたいみたいだ」
「毎日テメーのことばっか言ってる」
 バチッと何かが散ったように視線がかち合った。流川の方から仕掛けてきた。
 噛みつくようなキスをされて、俺も負けじと返した。貪るようにキスをしながら 俺の手と流川の手が互いに着ているものを脱がしていく。舌を絡ませながら下着を下げて固くなったものを擦り付けあう。たまらず声を漏らした。尻のあわいに手を伸ばすと濡れていて、体からもせっけんの香りがした。その気で来たのだ。流川の腕が首に回って、耳たぶを食んでくる。思い出す。高校の頃を。またこいつとやれるのか。そう思うとさらに興奮した。
 敷き掛けていた布団の上に倒してキスをしていると流川の手が股間をまさぐってきた。棚に手を伸ばして引き出しからゴムをとる。つけるのがじれったい。早くしたい。早く。ふと、変な感じがした。目をやると、急に熱が冷めたみたいに流川の動きが止まっていた。
「なんだよ」 
 ふいっと視線をそらされた。触ろうとすると振り払われる。急に何だ。ここに来て「やっぱりなし」なんだろうか。いきなり疎遠になったことを思い出す。またあれなのか?
「いやならそう言え・・・・・・今なら止めれる」
 流川は黙って俺を睨んできた。その表情を観察する。怒り、拒絶、でも甘いものが見えた。そっちに賭けて顔を寄せると、悔しそうな顔をしながらも腕を伸ばしてきた。
「やるのか?」と聞くと「やる」と答えた。再開だ。
 流川の後ろを慎重に慣らしていく。指の数を増やした時、抱きつく力が強くなった。「きついか」と尋ねると小さく首を振る。
「いいか?」返事の代わりに流川が足を開いた。膝裏に手を添えて腰を進める。流川が声を漏らしながら目を閉じた。少しずつ揺らして律動を刻んでいく。
「ああ、すげえ」
 無意識に出たセリフに流川が目を開いて、俺に合わせるように腰を揺らし始めた。見つめ合いながら一緒に揺れた。俺たちは何度も何度もキスをして射精した。

***

「やっちまった」
 天井を見ながら呟くと、隣で動く気配があった。首をひねるともの言いたげにこちらを見ている。
「なんだよ」
「・・・・・・風呂」
「好きに使え」
 流川が起き上がる時に少し顔をしかめた。
「大丈夫か」
 尋ねると、「大丈夫」と言って風呂場に消えていった。
 喉が渇いたな。俺もノロノロと体を起こす。台所で水を飲みながら部屋を眺める。床に散乱した服がどれだけ興奮していたかを物語っている。夢中だった。俺も流川も。すげえ興奮した。

 素っ裸で風呂に行った男は素っ裸であがってきた。落ちていた服を拾いあげていくが、下着を拾い上げる時、少し躊躇しているように見えた。
「俺のを履いていくか」
 冗談半分で尋ねると頷かれてしまった。頷くとは思っていなかったが、聞いた手前貸さないわけにはいかない。たんすから俺のトランクスを一枚出して、投げてやった。広げて履く流川の姿はなかなか良かった。
 時計を見ると1時を過ぎていた。靴を履く男の後ろ姿に「泊まっていっても良いんだぞ」と声を掛ける。
「帰る」
「だよな」と首を掻く。
「明日」
「明日っていうかもう今日だけどな。明日明後日はどうしても抜けられねえ。でもその後は、大丈夫だ。オースケにも言ってある」
 俺を見る流川の目つきがまた熱くなってきた。俺もずっとチリチリしている。あんなもんじゃお互いに全然足りないのだ。くすぶる欲を断ち切るために「お前のパンツは洗っておいてやる」と軽口を叩く。
「じゃー」
「ああ」
 ドアを開けて出ていきかけた流川の肩に無意識に手が伸びた。驚いて振り返ってきた男にまたキスをした。最初は驚いていたがすぐに応えてきた。俺たちはまたキスに没頭した。アパートの誰かのドアの開け閉めの音で我に返った。くっついていたい体を根性入れて無理やりひっぺがす。
「帰って良いぞ」となんとか言った。
「・・・・・・また」と言って、流川は帰っていった。

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