突然の雨

部室を出た途端ザーッと音がした。
「おーおー降ってるなー」
 下駄箱のところまで雨に打たれて土の匂いが漂っている。
 上を見ると大粒の雨が勢いよく落ちてきている。
「うっわ、すっげえ雨!」
「どしゃぶりだな」
 リョーチンとミッチーが隣で雨の量にコメントしながら傘を開いた。
「花道、お前傘は? 入ってくか。お前でかいからお前持てよ」
「案ずるな。置き傘がある」
「え、マジで?」
「マジだ」
 そう言って俺は下駄箱に戻り、傘立ての中から俺の名前の入った黒い傘を1本抜き取った。もう1本、同じく俺の名前入りの、こっちはしましまでそれも抜き取った。傘に関して準備のいいタイプの俺だった。
「じゃん!」
「うわ、ほんとに持ってやがる」
「何で2本持ってんのお前」
「前に持って帰り忘れた奴だ」
「それを何でわざわざ今日持って帰るんだよ。またにしろよ邪魔だろふつうに」
「今日を逃すとまた持ち帰るのを忘れるだろ」
「じゃあ置き傘おいて帰って、忘れたやつをさして帰ればいいだろ」
「そしたら置き傘さす機会が減るじゃねえか。せっかく置いて帰ってんだから雨の日に使いてえんだよ」
「だったら置き傘使って忘れたやつを置いたままに」
「どーでもええわ、行くぞ!」とミッチーが号令をかけた。
 今日はこれから3人でラーメン屋に行くのだ。

「あ、流川だ」
 突然リョーチンが言った。え、どこだ、とキョロキョロすると、「そっちじゃねえよ」とリョーチンにつつかれた。リョーチンがさす方を見ると自転車置き場のところに流川が立っていた。ママチャリを持って駐輪場の屋根の下で、ぼんやり立っていた。たまに首を伸ばして空の様子を伺っている。
「お前ら今日も派手にケンカしやがって」
 ミッチーが忌々しそうに、舌打ちしながら俺を睨んできた。
「ケンカのたびに練習止まらせて、迷惑なんだよ」
「そういうのミッチーにだけは言われたかねえな」
「あんだと!?」
 ミッチーがカッとなって身を乗り出した途端、真ん中にいたリョーチンが「ちょっと!」と言った。
「三井さん暴れないで。雨かかって来る!」
「こまけえこと言ってんじゃねえよ、チビ!」
「ミッチーは四方八方にケンカを売る男だなあ」
「なんだと!」
「もう、いいから。ほら花道、その傘流川に貸してやってこいよ」
 驚きの発言だった。
「断るっ!」
 言った途端、リョーチンとミッチーの顔が呆れ顔になる。
「おまえ……」
「2本の傘が今ほど役に立つ時はねえだろうが。貸してこい」
「断固拒否!」
「何ケチなこと言ってんだよ」
 流川に貸すなんてとんでもないことだ。今日もあいつのせいで俺の頬と後頭部と臀部が大変痛い。容赦なくぶん殴ってきやがった。そんなにっくき敵に貸す傘なんて1本もない。
 えいやっ!と持っていたしましまの傘もぼんっと開いた。
「何やってんだ」
「俺は2本さしてかえる!」
 宣言して俺はずんずん歩みを進めた。
「邪魔だろ、普通に」
「両手に花!」
「呆れたやつだよお前は」
「ばか花道!」
 後ろからミッチーとリョーチンの非難の声が聞こえたが、俺は気にせずそのままずんずん歩みを進めた。ずんずんずんずん。俺は傘を2本持っているんだと威張る気持ちで歩いた。威張りながらも、流川の視界に入るときは少しキンチョーした。傘を2本持っているという自信は少し揺らいだ。通り過ぎる時にちょっとだけ、傘を忘れた間抜け男を見ると目があった。2本の傘をさしている俺を羨んでいる様子はなかった。というか何にも言っていない目だった。
……俺、傘2本持ってるんだよな。

 俺は引き返して流川の元に行った。それから「おら!」と、しましまの方を差し出した。差し出された流川は驚いた顔をした。
「貸してやらなくもねえ! 今日からお前は俺に足を向けて寝るなよっ!」
「いらねー」
 言うと思った! 
 これだもんなっ! 
 せっかく貸してやろうとしてるのに

「うるせえ! 傘忘れたんだろうが!」
「わすれてねー」
「じゃあどこにあるんだよ!」
「家」
「それを忘れたって言うんだ! ばか! キツネ!」
 頑として受け取ろうとしない流川に頭に来たが、差し出した傘を引っ込めるのはもっとイヤだった。くそう、と思いながらも「使えっ!」と言いながら傘を地べたにおいた。
 これで使わないならもうしらねえっ!
 
 通常通り1本の傘をさしてラーメン屋までの道を歩いているとリョーチンが「花道~」と現れて俺の隣に並んだ。
 リョーチンが俺を見てニヤニヤしている。
「……あんだよ」
「お前はやれば出来る子だって思ってたよ」
 流川に傘をさしたことを言っているのだ。
「うっせーやい!」
「流川も感謝してるって」
「あいつがするもんか!」
「してるしてる。その証拠に、ホラ見ろよ」
 後ろを振り返ると、ミッチーと流川が並んで歩いていた。
「ラーメンあいつも来るってよ」
 流川の手には俺のしましまの傘が握られていた。