ヒコーキ星

風呂からあがったら、どあほうが、豆みたいな電球だけつけて外を眺めていた。
窓枠のところに肘をついて静かに外を眺めているどあほうの背中はちょっと新鮮だった。

歌も歌っていない。
珍しく本当に静かだったので、何を見ているのかと少し気になってそばに寄ってみた。
どあほうの目は空を見ていたけど、隣りに立つとその目はオレに向けられた。

「あがったか。見ろよ。流れ星だ。」

見ろよと言われて見れるものだったかなと思いながら、壁に手をついて空を覗いてみる。
どあほうの指差すほうを見てみると、チカチカと赤や黄色に光るものがゆっくりゆっくり空を渡っていた。

「あれヒコーキじゃねえの」
「別名な。ほれ願い事しろよ。のんびり屋にはおあつらえ向きの流れ星だ」

手を引かれるままに、どあほうの隣りに腰を下ろす。願い事なんて・・

「おもいつかねー」
「なんかあるだろうが。オレはそうだな、流川クンがもう少し日本語が上手になりますように、とさっき願ってやったところだ。 イエス、ジェントルマン桜木」

親指を立てて、自分に向けた。
ばかじゃねえの。

「・・・サルがもう少しまともなバスケができるようになりますように」
「サッ!・・キツネがもう少しタヌキに近づきますように」
「ドシロートがもう少しまともなバスケができるようになりますように」
「ドッ!おまえの願い事、全然なってねえよ」

そう言いながら肘鉄をくらわしてきた。お互い様だと腹にゲンコツをいれてやった。
痛かったらしくて、うぐぐと言いながらしばらく腹をおさえていた。 反撃が来るかなと思ってちょびっとだけ心構えをしていたら、どあほうは 顔をあげてふうっと息を吐いた。それからおれの肩をぽんと叩いた。「まあ、落ちつこうや」といって、それからまた空を眺めた。

また空を眺めだしたどあほうは相変わらず静かだった。
でも今のどあほうは歌を歌っているような気がした。
黙っているのに歌を歌っているようだなんて。
変なヤツ。

ふたりしてしばらく空を眺めていると、右側のところから、またチカチカが来た。

「またきた。あそこ。流れ星」

流れ星を指差してあほうを見ると、どあほうが口元だけで笑った。
その笑い方はちょっとオレを落ち着かなくさせた。
どあほうは何も言っていないのに、やさしーことを言われた気がした。
変なの。

下で犬がないていて、通りの向こうのほうからでかい笑い声が聞こえてくるというのに。
今日のどあほうは何も言わなかった。
静かに空を眺めているだけだった。

ふわっと風が入ってきた。
風は、オレの髪を少し浮かせて風呂上りにかいた汗をさらっていった。

「新しいシャンプーはいいにおいだ」

それだけ言って、桜木がオレの髪をすいてきた。
桜木のごつい指の感触がした。

またチカチカが来た。
さっきのよりも小さく見えた。

今度は何も言わずに、願い事をした。

2008/08/21