ハコイリムスコ

ルカワは無器用だ。

台所関係ははなから期待してねえ。

前に一度、洗濯物干しを頼んでおいたら、ちぐはぐに干しやがって、ハンガーの跡がつくわ、 袖が中に入ったまま干しやがるわでえれー目にあった。

せめてこれなら、と思ってトイレ掃除頼んだら・・便器にもの詰まらした。
だったら風呂掃除はどうかと思えば、頭からシャワーかかっちまって水浸しになって出てきた。
一度や二度のことじゃねえぞ。

声を荒げて叱るたびに、「がんばった」とふて腐れていいやがる。
可愛いと思う時もあるが、「がんばりゃいいってもんじゃねえ」と怒鳴っちまう時もある。

オレ様は天才だが、イライラする時もたまにはあるのだ。
できねーことは誰にでもあるのにな。ちっちぇーはなしだ。

ルカワは、小さい頃から、バスケ以外ホントになにもしてこなかったんだろうな。
ハコイリもいーとこだ。
あいつんちの家族見てたらよく分かる。
あのキレーなかあちゃんもねえちゃんも、あいつに甘ぇ。
シツケとかはきっちりしてるんだが、なんだかんだで甘ぇんだ。
やっかんでるわけじゃねーんだぞ。
ただな、ただたまに、無性にそういうあいつを腹立たしく思うときがあるんだ。
何もしなくてもやってこれた環境ってヤツに。
やっぱやっかんでんのかな。
情けねぇがな。
天才でもな、そういうことはあるんだ。
そんなときはなんか、意地のわりーこといっちまう。
心にもねーことだ。

「てめーと、将来一緒に暮らすやつに心から同情するぜ」
本当に心にもねーことだ。
将来一緒に暮らすのは、俺なんだ。約束はしてねぇがそんな風に思ってる。
心はそう思ってるんだが、ついついいっちまうんだ。
こんな風に突き放しちまうことを言ってしまうんだ。

初めていっちまったときの、あいつの顔、今でも忘れられねぇ。
あの黒い目がよぉじっと、俺をみつめたんだ。
いつもは憎たらしくて仕方ねー口をしっかりと閉じて、つりあがった目がたれ目に見えるくらい悲しそうな顔してたんだ。
あんな顔二度とさせちゃいけないと、そのとき、思った。
思ってはいたんだが・・・

今日は、近くのドラッグストアで、ティッシュが安売りの日だったんだ。
だからよ、後は煮込むだけって状態の肉じゃがの番をルカワに言いつけて、買いにいったんだ。

台所関係は任せちゃいけねぇって事は分かってはいたんだが、いくらなんでも火の番くらいはできると思うじゃねぇか。
だから任せて行ったんだ。
なのに、帰って玄関あけた途端、焦げた匂いとむわっとした空気が俺を迎えて・・。
やりやがったな、と思った。

慌てて火を止めて、蓋をあけてみると、案の定、こがしてやがる。
真っ黒だ。
ほとんど炭じゃねぇかよ。
なぜか水も入ってる。
浮いた炭状態の牛肉が哀れだ。
そばに憮然と(!)立っているルカワに対して、鍋を指して言ってやった。
「どこをどうすればこうなるんだよ」

「・・・・がんばった。」
んなこたきーてねーよ。
よく見れば、おでこに寝跡がある。どうやって寝たらそうなるんだ。
っていうか、テメー寝てたな、このやろう。

「・・ちっともがんばってねえぇだろ。この水はなんだ?!」
「焦げたから、水が足りねえんだと思っていれた。」
さも名案であったとばかりに言いやがる。
いつだったかおれがカレーを作ってるときに途中で水を足すのを見てて、まねしてみたんだな。
場面がぜんぜん違うじゃねぇか!
役たたずめ。
なんだって、こうなんだ。なんだってこいつは、こんな風に何もできないんだ!
そのくせ、バスケだけは異常にうまくこなしやがる。昨日の1on1を思い出す。惨敗だった。
だめだ、またイライラしてきた。だめだ、言っちゃならねえ・・しかし・・・いらいらは募る一方で・・

「てめーの嫁さんに、俺は、心底同情する。」

ああ、またいっちまった。
最悪だ。
俺は最悪でサイテーだ。

ルカワは一瞬目を見開いた。
あの顔をするのか。あの顔を。本心じゃねぇんだ。
言ってしまった自分のことばに悔やんで、俯きながら鍋を片付ける俺に、しかしルカワはこう言った。

「嫁になってる頃にはもう慣れてる。」
「あ?」
「オマエ。」
「?」
「オマエが俺の嫁。」
「!」
ガチャン!

嫁じゃねえけどな。
決して嫁じゃねえけど、そうだな、これから、慣れてくから。
オマエのそのどうしよーもねーくらい何もできないところに慣れてくから。
だから、お前も慣れてくれ。俺のこんな風に情けなくてちっちゃいところに慣れてくれ。
減らしていくように努力するから!

お前はなにもできねーかわりに、時々、ありえねーくらいに器のでかいところをおれに見せてくれる。
傷ついてる自分そっちのけで、オレを気遣って見せるんだ。
おれが本当は一番何に気をとられて、こんなこと言っっちまってるのか、お前はわかってるのかもしれねーな。
こういうとき、本当に、おまえはすごいっておもうよ。

「・・・・すまねー。ルカワ、すまねー・・」
ぎゅうぎゅう抱きしめながら俺は、何度も謝る。
「・・・コチラコソ。」
同じように抱きしめ返してくれたあと、鍋の方を指さしてそんなことをいう。

ははは。
おうよ、これから、しっかり焦げつきとってやらぁ。
天才は、鍋のこげなんざものともしねえぇんだ。