北の人たち

 腕白な二人組に別れを告げた後、俺は深津さんのところに行ってもいいのかなと迷っていた。いつもなら真っ直ぐに向かっているところだけど、今は迷いがあった。さっき自分が深津さんにとった反抗的な態度のせいだ。あんな態度、久しぶりにとったかもしれない。後ろめたいことがあるから迷いが生まれる。テントを出る時に合った深津さんの目を思い出す。俺を怒っている気がした。
 深津さんのテントの前で入ろうか入るまいか行ったり来たりしていると、河田さんが出てきた。松明(たいまつ)の明かりに照らされる河田さんの顔は迫力がある。
「なにやってんだ。入らねえのか」
「……別に? 用ないですし」
「いつも用もないのに入り浸ってるじゃねえか」
「うるさいっス」
 河田さんはじいっと目を細めて俺を見た後で、「んじゃな」と行こうとしたので「え、ちょっと」と追いすがった。
「なんだ」
「いや、もうちょっと聞いてくれても」
 あっさりしすぎなんですよ、とかなんとか言っていると、うんざり気味に息をついた後で「言ってみろ」と俺に向き合ってくれた。
「深津さん、怒ってますか?」
 尋ねると河田さんが驚いたように眉を上げた。
「怒ってるのはおめえじゃねえのか」
 今度は俺が驚いた。
「なんで俺が怒るんですか」
「怒ってねえのか」
「え、全然っす」と手を振る。なんで俺が怒ることがあるんだろ。何かされたっけ? 首を傾げていると「じゃあ逆に聞くが」と言われたので「はい」と背筋を伸ばす。
「なんでおめえはアイツが怒ってると思ってんだ」
「え……だって、あの二人組を庇うみたいなこと言ったし」
「庇ったのは間違ってたのか」
「間違ってはいないっすよ。ミキオを助けてくれたのは事実ですし。けど、深津さん達から見たら甘いこと言ってんのかなーって」
 河田さんは思案げに遠くを見た後で、「なるほどなあ」と言った。
「あの、実際、河田さんはどう思ったんすか? あいつらって俺らの隊にとってそんなに危なかったですか?」
「どっちにもなるからな」と言いながら胸の前で腕を組んだ。
「どっちにも?」
「取り込んだら即戦力になる」
「ですよね」と大きく頷く。どっちもでかかったし肝も据わってる。見どころのある二人組だった。とんでもなく生意気でもあったが。
「が、その逆もある」
「逆?」
「俺たちからお前を連れ去ることも出来た」
「え!?」
 俺が連れ去られる!?
「まさかあ!」
「おめえ、あいつらにずいぶん心を許してただろう。深津が気にしてるのはそっちだ」
「ええ!?」
「違うピョン」
 いきなり深津さんが現れた。
「わっ、びっくりした!」 
 いきなりの本人登場に心臓が止まるかと思った。
「勝手なことを言うなピョン」
「本当のことだろうが。ぴょん」
 河田さんがからかうように深津さんの口真似をした。
「……全然違う」
 ムッとした顔で言い返す。
「深津さん! 俺、ここを出ていったりしないっすよ?」
「当たり前ピョン」
「けっこう気にしてたぞ」
 河田さんが深津さんに指を向けながらもう一回言った。その指を嫌そうに手で避けながら、深津さんがちらっと俺を見てきた。
「あの二人と一緒に行きたいなら行っても良いピョン」
 なんか意固地になってる気がする。河田さんが言ってるのって本当のことなのかもしれない。
「俺はどこにも行かないです。そんなふうに思わせてたんなら、すみません」
「…………別に思ってない」
「ピョン」と河田さんが代わりに付け足した。
「今、言おうと思ってたピョン」と河田さんを睨む。
「おめえ、もうちょっと素直になれ」
「素直ピョン」
「沢北がテントに来ないから、ソワソワしてたくせに」
「違うピョン」
 そうだったんだ……。迷ったりしていないで早く入ればよかったな。
「おまえ、今日は余計なことばかり言うピョン」
 深津さんが指摘すると河田さんは「なんでだろうな」と顎のあたりをさすった。
「じゃあな。俺はミキオのとこに寄ってくわ」
「あ、はい」
 河田さんに行かれてしまって、深津さんと二人だけになってしまった。
 ちらっと深津さんを見ると、深津さんも俺を見ていた。慌てて目をそらす。砂に不格好な「〇」の字を足で書きながら何を話そうかなと考えていた。
「……今までどこにいたピョン」
「えっと」
 どうしよう。あの二人組といたって言ったらまた嫌な気分にさせてしまうかな。
「いや、ちょっとその辺をぷらぷらと」
「……」
 深津さんの沈黙って怖いんだよな。
「うそです。あのふたり組に別れの挨拶をしてました。あいつら、隊には黙って夜明けと共に発つらしいっす」
「そんな気がしてたピョン」
「そうなんですか?」
「じっとしているようなタイプじゃないピョン」
「ですよね。だから追放したんですもんね」
「…………解放ピョン」
 呆れた!
「もー! だったらなんでそう言ってやらなかったんですか。あんなに落ち込ませて!」
 聞いていた深津さんが口を尖らせた。その顔を見てさっきの河田さんのセリフを思い出した。そっか。俺を引き抜かれるのが心配だったんだよな。
「俺は深津さんについていくって決めてるんで」
 自分の国が崩壊して帰る場所がなくなった。大事なものをいっぺんに失って絶望に飲まれかけた時、深津さんと河田さんが目の前に現れた。二人は俺に道を作ってくれた。あの時からついて行くと決めている。
「そんな事決めないでいいピョン」
「素直じゃないんだから」
「ナマイキぴょん」と俺を睨んで、向きを変えた。
「どこ行くんですか」
「……野暮用ぴょん」
「オレも付いてっていいですか?」
「だめピョン」
「なんでですか!どこ行くんですか! 俺、付いていきたいです!」
 不満を述べると呆れ顔で見てきた。
「だったらいちいち聞くなピョン」
「ついて行っていいですか?」
「だから」
「聞くな、ですよね。分かりました。聞きません。勝手について行くんで、どうぞ!」
 気をつけの姿勢で待っていると、嫌そうな顔をして再び歩き出した。その後ろを付いて歩く。どこに行くのかは分かっている。遠回りしてるけど、ミキオのところだ。
「2人組ももう元気にしてましたよ」
「聞いてないぴょん」
「見送りに行きますか?」
「行かないピョン」
「こっそり見に行きましょうよ」
「……」
「そっちの方が後味良くなりますよ」
 黙った。行くんだろうな、と笑っていると、不機嫌な顔をして振り返ってきた。人差し指を俺に向けて「生意気だピョン」と注意するように言ってきた。笑いながら「ごめんなさい」と謝ると、深津さんは困った顔をした。それから小さな声でもう一度「生意気ぴょん」と言った。

おしまい