風が吹いている

 どうにも眠くて、授業をさぼって屋上にあがった。
 無人の屋上に気を良くして、鼻歌歌いながら特等席の角っこに横たわる。風が吹いて少し寒いが、広々として良い気分だ。ここなら陽もあたるしな。
 足と腕を組んで横になっていると、秋風に乗って歓声が聞こえてきた。グラウンドから聞こえるそれにはよく知っている声が混じっていた。
 次第にその声しか聞こえなくなってきた。
 顔をしかめる。
 どこにいてもやかましい男だ。
 急に暗くなった気がして、片目をあけると青空をしょって水戸が立っていた。遠慮なくじろじろと人の顔を覗き込んでいる。
「……なんだよ」
「いや、なにやってんのかなあと思って」
「見りゃ分かるだろ。寝てるんだよ」
「一人で? 珍しいね」
「お前もだろ」
「ね」
 よっこらせ、と年寄りみたいなことを言いながら俺の足元の方に腰を下ろした。
「ミッチー、授業サボっていいの?」
「ミッチーじゃねえ、三井さんだ。あと、いいんですか、だろ。先輩だぞ俺は。俺は三年、お前は一年」
 笑う気配があった。
 生意気だ。
 笑い方からして生意気だ。
 生意気なのを自覚しているのがまた生意気だ。
 座ったと思った水戸が立ち上がって、俺の頭の方に移動した。
「なんだよ、何でそっちに来るんだよ」
「別になんでもないよ」
「なんでもないです、だろ」
「なんでもないですよ」
 語尾が気に食わなかったがもう言わなかった。俺は寝る。目を閉じていると、少し間をおいてカチカチッと金属音がした。
 耳に障る音に再び目を開け首をひねる。
 眩しい。
 そして、やっぱり・・・・・・
「おいっ」
 思いっきり不機嫌な声を出してやると、「あ、やっぱダメ?」指にタバコを挟んだまま、笑いかけてきた。
 いたずらがバレたような顔をしている。
「あたりめーだろーが。やめたんじゃなかったんか。って言うかスポーツマンがいるとこでなんてやつだ」
「花道いないからいいかなと思ったんだけど」
「・・・・・・お前のそういうとこだぞ」
「ハーイ」
 大人しく持っていたタバコを箱に戻した。見届けてまた寝の姿勢に入る。

「ねえ」と聞こえた。
 何だよこいつ、今日はよく絡んでくるな。
「俺、バイトしてるんだけどさ」
「……だろうな」
「だろうなってなに」
 何が面白かったのか、笑っている。
「何してるんだよ」
「バイト?」
「そーだ」
「ファミレス」
 いかにもだ。
 って言うか、何の仕事だと聞かされてもしっくり来る。医者をやっていると聞いても驚かない。でもバスケをはじめたと言われたら驚く。そうだな、それが一番驚く。
「一昨日、チーフにならないかって店長に言われてさ」
「自慢か?」
「そう思う?」
 なにやら頼りない声だ。
「そうじゃねえのかよ。出世だろ?」
「まあ……そうなんだけど。でもさ、なんて言うのかな、俺よりも古い人もけっこういるわけ。ずっとそのポジション狙ってた人もいたりしてさ」
「……」
「そういう人たちを差し置いて、いきなり俺って・・・・・・なんか、面食らっちゃって」
「……」
「みんな俺にオメデトーって言ってくれるんだよ、それって」
「待て待て待て待てっ!」
 勢いつけて体を起こし水戸に向き合う。水戸は目をぱちくりさせている。

「お前は一体、何の話をしてるんだ」
「バイトの話」
「だから、なんでいきなりそんな話を始めてるんだよ」
「だってアンタ暇そうだし」
 指をさすんじゃねえ。
「そうじゃなくて、なんで俺に・・・・・・俺にそんな話をしてんじゃねえよ!」
「え、だめ?」と小首を傾げている。
「チーフがどーのってそんなの俺に分かるかよ」
「なんか話したくなったんだよ。アンタってそういうとこあるよ」
「お前のバイトの話なんて毛ほども興味ねえよ俺は」
「そうだろうけどー」と薄い笑みを浮かべてグラウンドの方に目をやった。
 本当に聞いてほしかったのだろうか。
 少し気になる横顔だった。
 胡座を組んでしっかり向き合う。

「バイト始めてどれくらいなんだよ」
「・・・・・・高校入ってからかな」
 半年くらいか。
「新参者ってことか。チーフってのはなんだ、他の奴らを引っ張ったりするのかよ」
「たぶん」と頷いた。
「仕事、不安なのかよ」
「全然」と今度は首を振る。
 なんじゃそりゃ。
「じゃあ、やりゃあいいじゃねえか」
「・・・・・・そう思う?」
「そりゃそうだろ、やればいいじゃねえか。チーフを! 知らんけど!」
「そんな簡単にやっていいもんかな」
「良いかどうかじゃねえよ、やれよ。やりたいんだろ」
「え、俺、やりたいのかな」
 呟きながら、顎に手をやっている。
「お前のことだろーが」
「だよねえ」
 おかしな奴だ。

「お前もしかして悩んでたのか?」
「どうだろ」
 ふわふわした返しにクラクラして視線を彷徨わせる。
 グラウンドの赤い頭に目が止まった。はちゃめちゃにボールを蹴ってやがる。
「桜木。あいついると思ったわ」
「花道はサッカーもうまいんだよ。足も速いし、瞬発力がすげえのなんのって」
「俺もそうだ」
 胸を張ってみせると、水戸が「そうだったね」と笑った。
「お前もなんじゃねえの?」
「俺? まさか」と眉を上げた。ないない、と手を振っている。
 
 俺はまた寝転んだ。
 腕を枕に、足を高々と上げて組みながら思う。
 なーんもわかってない奴だ、と。

「教えとけ」
「なに?」
「店だよ店。行ってやるから」
「・・・・・・え、なんで?」
「来てほしいんだろ」
「俺、そんなこと言った?」
「いーから。教えとけ」
 お前はお前が思ってるほどには自分のことをわかっていないんだ。
 
 秋風がひゅうっと吹いてきた。
 足元からひゅうっ 、と。
 なるほどなあと合点がいった。
 水戸に目をやると、眉を寄せた変な顔で笑いかけてきた。
 さぞかし出来るんだろうな、仕事がよ。
 ちょっと出来すぎるくらいにな。

「お前の働きっぷりをこの目に焼き付けてやるよ」
「うわー」と水戸は言った。

おしまい

とてつもなく久しぶりにミッチーと洋平を書きました。
リクエスト「洋平の話」といただいたので、ミッチーに出てきてもらいました。
こういう洋平もええやないかと思いながら書かせていただきました。
10年ぶりに書いた二人、
変わっていないようで少し変わったような気もしました。
どうだろうな。
リクエストを本当にありがとうございました!
2019/05/06