病室に入った途端、凄い勢いで雑誌を投げつけられた。
正確に言えば、投げつけてるとこへオレが入っていったというのか。タイミング―――いいんだろうな、この場合。
「おだやかじゃねーな。」
「―――わりぃ。」
「どーしたよ。」
ずいぶん落ち込んでるな。
リハビリは、思った以上にきついらしい。
花道の持ち前の前向きさと、体力と、単純さで、先生達も驚くくらいにリハビリをこなしていってるらしいが、まだ十五だぜ。焦りやら不安やらでごちゃごちゃになるときもそりゃあるだろう。
「つらい?」
「―――たまに。」
「そっか」
コクンと頷く。
ベッドの上の花道のその姿はコート上で動き回っていた花道とは別人のようで。
バスケを始める前の花道とも違う。
なんか、儚げだな。
それから、会話はなかった。
会話はないが、手をさすってやったら、握られた。
いいぜ、甘えろよ。
毎日来てんのはそのためだ。
そのままオレ達は握ったままでいた。
いっぱいに開けられた窓から、風が入ってくる。白いカーテンがパタパタいってる。
「いー天気だなー」
日光が強すぎて、景色が白っぽくなってるぜ。
淡い色あいが、すべてがなかったことにするみたいで、夢だったことにするみたいで。
たまらなくなる。
雨でも降ってくれないか。
音をくれ。
色をくれ。
においをくれ。
そうしたら、俺たちはいま、ここにいて、今日という日があることを思い知れて、あの日々が、花道のあの日々が確かにあったと思えるんだ。
瞬間、つよい風がふいて。
大きくはためいたカーテンのハシがオレたちの顔をかすめた。
お互い顔を見合わせる。
「おれ、退院して、そんで、やれんのかな」
「うたがったことねえよ」
「ようへ・・」
「天才なんだろ?」
ぎゅっと握ってきた。
握りかえしたら、泣き笑いの顔して
「だよな!」
って。
ごめんな。
ごめんな、花道。
力強い言葉で励ましてやりたいんだがな、おれにはできそーもねーや。
近すぎるんだ。
おれはお前にあまりに近づきすぎて、お前の不安がオレの不安にもなっちまったみたいだ。うまいことばがもうずっとみつからねーんだ。
なぁ、花道。
でも本当に、お前がまたやれるってことは疑ったことはねーんだよ。
「桜木くん検査の時間よ。」
「うっす。」
「じゃ、帰るな。」
「おう、あ、チュウによ、マンガ続き頼んどいて。」
「わかった」
「高宮には、食い過ぎんな、運動しろよって。」
「いってるんだがなあー。」
「オークスには――――なんもねーや。」
「ははは。」
「洋平にはさ、あんがとって。」
「―――伝えとく。」
「ん。」
「それから・・アイツに―――ルカワに―――」
「―――ルカワには、天才に追いつかれないようにしにものぐるいで練習して、首洗って待ってやがれ、だろ?」
「そうだ!洋平!そうだぞ!そういっといてくれ。」
「まかしときな。」
「じゃーな、天才。また明日。」
「おう!」
そう言って、笑顔で手をひらっと振って、病室を出る。
花道の明るい声と先生の笑い声を背にして。
ひとり、帰り道。
思い返す、今日のやりとり。
「天才なんだろ?」
それしかいえない。
でも、それでじゅうぶん。
しんどかったりきつかったり不安になったりいろいろだ。
だけどな、おめーならやれるよ、花道。
俺はそれだけは本当に、疑ったことがねえんだよ。