トランジット6の①

 バスケ部には毎日顔を出していた。基礎もやればやるほど結果が出ることを知ってからは熱血かつまじめに取り組んだ。それにダムダムすればシュート練習の許可が出る。許可制なのは残念だが彩子さんという人が実に恐ろしいので仕方なかった。俺は分かってきた。この部で一番恐ろしいのは彩子さんだ。肝心のリョーチンも彩子さんにはてんで頭が上がらない。彩子さんの恐ろしさと厳しさのもとで戦々恐々と励んでいたが、その甲斐あって自分でもわかるくらい俺はうまくなっていった。ただ相変わらずルールが分からなかった。動いてボールを持てばいいってもんでもないんだな。俺はボールを持ったらわっかの中に入れたい。ボールを持ったら一目散にわっかに行きたい。わっかの中に入れたら点が入るし、俺は楽しいしでいいことばっかじゃねえかと思うが、三井がキレる。「勝手なことをしてんじゃねえ!」とブチ切れるのだ。
 三井とは相変わらず険悪だった。バスケ部の他の連中は全員気が良くて親切だ。高校生って良いなって思うくらい親切だ。でも三井は違う。いつもイライラと怒っているのだ。あとイヤミだし鼻につく。三井は俺にばっかり意地が悪い。他の奴らとは憎まれ口を叩きながらも楽しそうなのに、俺にはなんか感じが悪い。あんまり腹が立つので殴りたいんだけど、リョーチンにきつく言われてるから殴れない。だから相当鬱憤がたまっていた。結果的に俺は帰り道、いつも流川相手に三井のわるぐちを言っていた。不平不満がたらたらと口から出てくる。
 土曜の帰り道もその調子で流川にぶつくさこぼしていたら、「お前が早くルールを覚えればいい」と言われて、それでムカっときた。
「覚えてるだろ!」
「遅い」
 いつもは無口なくせに今日に限って口を開いて、しかも内容はダメ出しで俺はふて腐れた。
「三井の味方をすんのかよ」
 流川の顔があっけにとられた顔になった。明らかにぽかーんといった顔だった。
「そんなんじゃねえ」と流川は言うが「いいや!三井をひいきしてる!」と俺は返した。俺は流川にとても親近感を持っていたし、なんだかすごくいいと思っていた。かなり気に入っていた。だから流川が自分以外の、しかもにっくき三井の味方をしたことがとても気に食わなかった。流川には俺の味方をしていてほしい。
 その後、流川はいつも通りうちに来たけど、俺の機嫌は戻らないままだった。三井へのイライラと流川が三井の味方をしたことへのイライラと。だのに、俺の様子なんて全く意に介さずでいつも通りこたつで横になっていた。わざと白湯みたいに薄く入れてやった茶も、何でもないように飲んでいた。っていうか気づいていないようだった。そしてふつうに帰って行った。流川が帰った後、俺は一人でもろもろのことを思い出しては悔しがっていた。キーキーしていた。それを繰り返しながら寝た。

 次の日は日曜だったから、学校も部活も休みで何をしたらいいのかとちょっと困っていた。朝早く目が覚めるたちだから。とりあえずランニングして来た。その後洗濯して掃除して、もう一回ランニングをしたが、ランニングは今日はもういいかなと思っていた。そう一日何度も走れないものだ。昼前にはいよいよ暇になって、やることが思いつかない。洋平に電話しようとしたら、チャイムが鳴った。開けたら流川が立っていた。この前の日曜も来たけれど、今日は、昨日のこともあったので流川は来ない気がしていたのだ。自分が感じ悪かったのは自覚があったし。流川が来たのが嬉しくて、入れ入れと喜んで招き入れた。
 今日の流川は大荷物だった。昼飯にとハンバーガーのセットを持ってきていてその上、バスケの映像コレクションとそれを見るための機械を用意して来たのだ。さっそく一緒になってハンバーガーを食べた。流川と俺は違う味のハンバーガーで、飲み物も違っていた。流川は俺の好みを知っているようだった。食べたもんを片づけた後にあったかい茶を入れてこたつに持っていくと流川が上映会の準備をしていた。なんかコードを持ってうちのテレビの裏を見ていたりしていた。うちでこんなに動く流川を初めて見た。知らない奴らがバスケしてるところなんて特に興味はなかったけど、流川が「見ろ」と言うので、やることもねえし見ることにした。

 バスケを見る流川はいつもみたいに寝っ転がっていなかった。こたつに入っているのに、きちんと姿勢を正していた。俺はそれが珍しくて、画面じゃなくて流川を見ていた。昼に、明るい部屋で見る流川はなんだか柔らかそうだった。服のせいかもしれない。明るい色のセーター着ている。何色ってのかなこれ。白とねずみ色の間の色。こいつ、こういうの似合ってるな。なんか良いにおいがしそうだ。突然画面が止まった。
「ちゃんと見ていないから、こーゆー無駄なファウルを出す」
 突然流川が言ったので、見てないことがばれたのかとドキッとしたら、違っていてバスケのことだった。ファウルを出したらしき人物を指差して、その次にすっきりした部分を指差して「この時は、ちゃんと見る」と言った。俺が「ああ」と言うと、流川は頷いて、またテレビに向きなおって映像を再生した。それで俺はまた流川を見た。テレビを見ているから耳と頬のあたりしか見えない。首の後ろに小さなほくろがある。自分じゃわかんねえだろうな。知ってんのかな。なんか首、長くて白いな・・・・・・触ってみたいな、なんてことを考えているとまた画面が止まった。
「テメーがここに入れば、ボールがとれる」と、画面をピッピッと指差しながら言ってきた。それで俺は、ああこいつは俺にバスケのルールみたいなのを教えようとしているんだなと気づいた。俺が部活でしょっちゅう三井に怒られているから。三井が怒鳴って俺が切れて、いつもケンカになるのを流川はよく知っていた。昨日のこともあるしきっとそうだ。胸が熱くなる。そうならそうと言えばいいのに。唐突に始めるんだもんな。
 流川の意図が分かってからは俺は真剣に見ることにした。おもしろかったのもある。途中ですごいプレーをしている奴がいて、それがこの前流川がやっているのと同じだったから「お前と同じことしてるな」と言ったら流川が嬉しそうに頷いた。その顔を見て俺はまた胸が熱くなった。

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