定例のチームミーティングの後、ざわつく部屋の中で「流川さん」と呼び止められた。チームの事務仕事を担っている顔なじみのスタッフが自分を見上げてくる。
「この前出た商品です、あの、良かったら」と紫色の箱を渡してきた。大きな金色の文字でカレーと書いてあり、下にはユニフォームを着た自分の写真があった。そう言えば前にそういうのが出ると聞かされていた。通りかかった先輩が「それ食べたよ。美味かった」と言ってきた。
「最初はパスタソースにするって言ってなかった?」
先輩のセリフにスタッフが「そうなんですよ」と相槌を打つ。
「奇をてらおうとして、やりかけたんですけどね。パスタソースにするとしてじゃあ何味にするんだってところで話が止まってしまって。年内に間に合わなくなったんでもうカレーになったんです」
自分がいようがいまいが関係なさそうな話が始まったが、立ち去る雰囲気でもない。その場に残ることを選択した。
「それで良かったんじゃない? カレー嫌いな人ってあんまり聞かないし。オクサンに作ってあげたら美味しいって喜んでたよ」
「うちも帰りが遅くなった時に作ったら、子どもたちすごく喜んでました。カレーってだけで大喜び。普段の料理以上に喜ばれてそこはちょっと」
「微妙だね」と先輩が笑う。
「売れ行きも良いみたいなんですよ」
ポンポン進む会話をぼんやり耳に入れながら、アイツも好きだろうかと考えた。最近の桜木は仕事が忙しいようで帰りが遅い。今週は朝以外に一緒に食事をしていない。今朝も「夜はなんか食べて帰れよ」と言われていた。このカレーを作ってみようか。目の前の二人がしきりに美味しいと言っているし、大体桜木は味にうるさくない。
「染み込んでるからニンジンが好きです」
「立役者はタマネギだと思わない?」
自分が考え事をしているうちに二人は野菜の名前を言い合っていた。割って入り、これはどこで買えるのかと尋ねると二人が驚いた顔になる。
「えっ」
「お前欲しいの?」と先輩が聞いてきたので「もう一個。欲しいっス」と頷く。スタッフがハッとした顔つきになり「買わないで良いです! 部屋に余ってたから! 持ってきますよ!」と言って取りに行ってくれた。親切だ。待っている間に箱の裏の作り方を見ていると視線を感じた。顔を上げると、先輩が自分を面白そうに眺めていた。
「なんすか」と聞くと、ニヤニヤしながら「作り方教えてやろっか?」と言われた。自分は頷いた。
***
親切なスタッフは紙袋いっぱいにカレーをくれた。「流川さんが興味を持ってくれるなんて感激です!」と半泣きの顔で渡されて少し戸惑った。
山ほどある中から二箱とってガスレンジの前に立つ。温める時は電子レンジか「湯せん」だと教わった。電子レンジはどうも自分とは相性が悪い。温め過ぎたり冷たいままだったりとちょうどよく温めることが出来ないのだ。前に桜木に言ったら、「ワットの問題かな」と首を傾げた後に「勘でいけ」と全く参考にならないことを言われた。電子レンジ問題は自分の中で克服しきれていない。今日は確実に仕留めたい。だから「湯せん」にしようと思った。鍋いっぱいに湯を沸かしこのカレーを袋のまま入れて温める。むら無く温まりそうだし、なんといってもシンプルなのが良い。先輩が、湯せんをする時に間違っても箱ごと入れたりカレーの中身を出したりするなと言っていた。やるわけがない。自分を何だと思っているのだと聞きながら呆れた。
早速やろうと思ったが、果たして桜木はいつ帰ってくるのだろうか。今温めても桜木の帰りが遅かったら冷めてしまう。少し考えて、桜木が帰ってきたら湯を沸かすことにした。他にやることは、とカレーの完成図をイメージする。白飯だ。炊飯器の蓋をあけると白飯はたくさん入っていた。二人が食べるには十分な量に思えた。思えばこの炊飯器にはいつも白飯が入っている。あいつはえらいな、と感心した。湯は桜木が帰ってから沸かすし、白飯はたんまりあるし、自分のやることはもうなかった。時刻は八時十五分。もう帰ってくるだろうか。
棚にあったバナナを一本食べながら、ベランダに出てみる。下を覗くが桜木の姿はない。手すりにもたれて、ぼんやりと夜の景色を眺める。明かりが点々と見える。桜木は今、この中を帰ってきているのだろうか。もしかしたら寒い寒いと言っているかもしれない。暑くても寒くても騒々しい奴だから。頬を何かがかすめた。手をやると洗濯物があたった。これは入れておくやつだと思い出す。冷たい洗濯物を取り込んでいると、馴染みのある声が聞こえて来た。再び下を覗くと桜木がアパートの住人と挨拶を交わしていた。やっと帰ってきた。
「帰ったぞー」
部屋に入ってきた桜木はキッチンに立つ自分を見て目を丸くした。
「なにやってんだ?」
「メシ作ろーとおもって」
「食べて帰らなかったのか?」と着ていたコートを脱ぎだした。上着の下はシャツとスラックスという、普段とは違う格好をしていた。いつもよりなんだかきちんとして見える。
「何作るんだ?」
「カレー」と言うと桜木はクンッと鼻を動かした。
「カレー?」
「今から作る」
「いやいやいやいや。カレーは一晩寝かそうや」と近づいてきたが、自分の手元を見て合点がいった顔になる。
「レトルトか。珍しいもん買ったな」
「もらった」
箱が二つ並んでいるのを見て、「もしかして俺のも作ってくれるのか?」と聞いてきた。当たり前のことを聞かれて少しムッとする。首をひねって背後にいる桜木を睨むと、笑いながら自分の腰に腕を回してきた。
「これってお前?」と箱を指した。
「そー」
「はーん」と言いながら肩に顎を乗せてくる。
「俺はカレーの奴と暮らしてるんだな」
妙な言い回しだ。桜木が首筋に唇を当ててきた。そのままチュッチュッと音を立てて吸い付いてくる。
「どうやって作るんだよ」
「湯を沸騰させて、その中に入れて、袋のまま。6分したら止めて、ご飯にかける」
順を追って説明すると、笑う気配があった。何かおかしかっただろうか。さっきより少し強めに唇が押し当てられてそのまま擦られる。久しぶりにそんなことをされた気がする。心地良さに頭を横に傾けると、大きな手が自分の腰のあたりを撫で始めた。
「・・・・・・食べねえの」
「ンー」とどっちともつかない返しを寄越してくる。スウェットの中に手が滑り込んできて、皮の厚い手指で脇腹をさすられる。このままするつもりだろうか。
「まだ風呂」
言っている途中で、桜木の親指が下唇をなぞってきた。顔を向けるとキスが始まった。触れ合う唇に桜木の舌が触れてきて、少し開くと桜木の舌が入ってくる。舌を絡めていると「ん」と鼻にかかった声が出る。少ししてから手が上がってきて、親指の腹で乳首を擦られる。立ち上がった粒を転がしたり押しつぶしたりと弄られて、その快感に浸るように目を閉じて後ろに体を預ける。自分に体重をかけられてもびくともしない逞しい体の持ち主は、胸を弄る手はそのままに、もう一方の手を下着の中に侵入させてきた。直に握られて、その刺激に体がビクンと反応する。桜木の手が器用に動き、体が何度もはねる。固くなった股間を自分の尻に当ててきて、自分も擦り付けるように腰を動かす。後ろ手に、形に沿って股間を撫で擦ると桜木が唸りながらスラックスの前を開け猛りきったもの掴み出す。強引に前を向かされ、余裕のない動きでスウェットを腿の途中まで引き下げられた。両手でシンクの縁を握り応じる姿勢をとると、足の間に猛ったものを入れてきた。自分の腰を掴みながら桜木が動き出した。行き来する熱さと感触にクラクラする。桜木の動きに合わせて揺れていた自分の性器を握り上下に扱く。背後の男が興奮するのを知りながらそれをした。桜木が激しく腰を使いだして、それにあわせてどんどん自分も高まっていく。自分のものとは思えない甘ったるい声が勝手に出て、その声で自分がこの上なく興奮しているのを知る。桜木の両手が伸びてきて、自分の尖った乳首をきゅっと摘んできた。不意をつかれた刺激で吐精した。すぐ後で桜木の声が上がって、あたたかいものが足に広がる。桜木も果てたことに深い満足を覚える。手が伸びてきて深いキスをした。
***
風呂からあがると先に出ていた桜木があぐらをかいた状態でソファに乗っていた。小難しい顔でバナナを食べている。
「なに」と尋ねると「ちょっと、刺激が強すぎる」と眉を寄せた。
わけのわからないことを言うのはいつものことだ。相手にせず途中になっていたカレーを作ることにした。やり遂げたかった。箱を開けていると桜木が隣にやってきた。
「お前ここに立つの禁止」
「なんで」
「お前がここに立ってるってだけでなんかもうムラムラする」
「どあほー」
「俺は本気だぞ」と手を掴んでくるのを「邪魔するな」と払い除ける。沸騰した湯にカレーの袋を入れ、スマートフォンでタイマーをセットした。桜木が無言で体を密着させてきた。無言は本気の証拠だ。本当に欲情しているようだ。こちらとしても、いくらでも応じる気はあるし準備もしている。が、まずは食べてしまいたかった。このまま乗っかっていたらキリがない。
「やるのは後だ」と言うと「ハイ」と返ってきた。珍しく素直な桜木の態度に少し笑った。
おしまい
2020年12月12日
11月の大人花流のつもりで書き始めたのですが、すっかり遅くなってしまいました。
素股と挿入どっちにするかで5日間本気で悩んだことを告白します。