「じゃぁね、桜木君。またきてね。」
大好きな笑顔と嬉しい言葉で、キツネのおかーさんに優しくお見送りされたあと、
忘れものをしたというまぬけなキツネを家の門のところで待っていた。大きな木があって、こりゃ何の木だろうなぁと下から覗いていたら、 とつぜん、凄い色んな匂いがした。
なんだ?!と、振り向いたら、 知らないおんなの人達3人がキャァキャァいいながら俺を見ていて、あっという間に囲まれた。
「カエデの友達?」
「ハイ。いや・・こっ、こっ」
「キャーーーッかわいっ!!にわとりみたい!とし、いくつ??」
「ばかねー、カエデと友達ってことなら15でしょ?そうよね?」
「ソウデス」
答えたら、キャーーーーと言われた。
過去に殴りあってきたおとこどもなんかとは比べものにならない圧倒的な迫力に、「しゃねる」という言葉が頭に浮かんだ。
「なまえなんていうの?」
「桜木ッス」
「あ、あたし達はねー・・」
名前を教えてくれるが、今、どの人がしゃべってるのかさっぱり分からなかった。それくらいオレは、緊張して混乱していた。
「ねぇねぇ、彼女とかいるの?」
「イエ彼女はいませんが。「とか」の方がいて、その」
「背ェ高いわねー何センチ?カエデと同じくらい?」
コロコロ変わる話題に、ついていけない。
「俺の方が大きいです。」
「カエデより可愛げも100倍はあるわよ。ねぇねぇ、桜木君、コンパとかしない?お友達誘って!桜木君ひとりでもいいけど!」
「こんぱ。」
「ひらがな!!ひらがなで言ったー!!」
そこでまたキャーッと、盛り上がった。盛り上がりどころがよく分からん。
突然、触ってもいい?と聞かれて、何をですか?と聞き返す前にぺたぺたとからだのあちこちを触られだした。
白くて細い手で、上半身のあちこちを「筋肉!」「ごつい!」と言われながらぺたぺたと触られた。
「固いわねぇ!」と言われたところは、「骨ですから」と言いたいところだったが、女の人に恥をかかすのは悪いと思って、そのまま されるがままになっていた。 かつて、オレはこんなにキラキラした大人な女の人に囲まれたことがなく、 こんなに色んなにおいをいっぺんにかいだこともなかったので、頭が痛くなってきて、本当に困っていた。
そこへ、
「どけ。」
ママチャリを押して、キツネが現れた。
「出た!かえで」
「はなれろ」
なによー!と言いながら、女の人達がオレから離れる。
悔しいが、流川がヒーローに見えた。
それから、ママチャリの後部座席にまたがり、
「こげ」
と、あごをしゃくって、オレに言ってきた。
「ブアイソッ!」
「すっごいナマイキ!」
「アンタのおねーちゃんにいいつけてやるわよ」
女の人たちが流川の文句を口々に言う。
ルカワに対してこんな風に悪口を言う女の人たちを、おれは初めてみたのでたいそう驚いた。
しかし、キツネはいつものようにまったく気にせず、うっとおしそうに「ウルセー。」と言っている。
「お、おめー女の人に対してあんまり乱暴な口は・・」
たしなめようとしたら、またまたキャーっと盛り上がった。
なぜそこで盛り上がるのかがやはりよく分からなくて、またもや、おろおろしていたら、キツネが
「こげ」
と、再び、しかし今度は腕を引っ張りながら言ってきた。
それが正解であると思ったオレは、言われるがままに前に座り、チャッとペダルに足をかけ、 「ふんぬ」とペダルを踏み込んで、そのまま全力でチャリを走らせた。
あーーーーーん、まってよーーーーー!と後ろから聞こえてきたが、そのまま全力でこぎつづけた。
はやく行かないと、俺もルカワもあの人たちに、頭からばくばくと食べられそうな気がしたから。
鼻の内側んところからいろんな匂いがとれて、空気の匂いが分かるようになった。ようやく、気持ちが落ち着いて、 自転車のスピードをおとす。
「・・・・あの人達おめーの知りあいか?」
「ねーちゃんの友達。」
「そ・・そーなんか。なんか、すげーな・・あのひとたちは・・いっつもおめーにあんななんか?」
「まあな」
流川がおれの背中に頬をあててくる。背中に感じるやわらかい流川になんかこころがほっとする。
「女の人にはあんなヒトたちもいるんだなぁ・・。」
さっきの出来事がなにか、あってなかったような出来事のように思えてきたおれは、なんとなくつぶやく。
「かなり、特殊なひとたちなんだろうけれども・・」
「ばかいえ。あれがおんなだ」
オレは、女の人と言えば、晴子さんみたいな人のことをいうものだと思っていたので、反論しようとしたが、 その時のキツネの言い方が妙に説得力を持っていたので、オレは何も言えなかった。
無言になった、オレの背中を、キツネがおでこでぐりぐりやってくる。
「・・・おれ、てめーが女嫌いな理由がなんか分かった気がした」
「・・おれは、別におんなが嫌いなわけじゃねー」
「なぬ?」
「別におんなが嫌いなわけじゃねー」
「でも、おまえ・・」
「うっとおしーけど、きらいなわけじゃねー」
それから、おれは、再び無言になる。
キツネの言った言葉の意味を考える。
なにかその先がありそうな気がして。
けれどもよくわからねえ。
赤信号にさしかかる。
信号が変わるのを待っている間も、おれはやっぱり考える。
流川は俺の知らないなにかを知っていて、
オレは大切な何かを知らないような気がしたが、
何かがなんなのか、よく分からなかった。
ふいに、流川が手を前に回してオレの腹をくすぐってきた。
やめろって、と笑って言いながら、その手の甲をきゅっとつねる。
そして、一瞬、握り合う。
なにかがなんなのかやっぱりよくわからねえが、とにかく、オレは、流川が好きなんだなぁと思った。
花道はふつうにモテるよなって思ったら浮かんだお話でした。