流川が買ってくる昼飯は最初こそありがたかったが、三日目くらいから俺は飽きてしまった。いつも同じ味だし、流川が同じものしか買って来ない。自分で作ったほうが好きなものが作れるしいいなあと思い始めていた。しかし俺には材料を買う金がなかった。自分ひとりならなんとかなるが三人分となるときつい。ここへ来て金がないことを痛感するようになっていた。金がないと飯が作れないし、遊べないし、トランプも買えない。まあトランプは作ったからいいのだけれど。それでもオースケと二人でいる時に、欲しいなあと思うものはけっこうあった。連れて行きたいと思う場所もあった。俺はオースケのために金が必要だと思い始めていた。自分の子どもでもないというのに、そんなことを思うようになったのは我ながら驚きだ。
「働くしかねえ」
俺は覚悟を決めた。
早速洋平の伝を頼って職探しを始めた。そして交通整備の職にありつけた。 経験もあるからすぐにでも働ける。
大小の流川と昼を食ったら昼の一時から夜九時まで、家から自転車で三十分くらいのところにある大型商業施設で交通整理だ。客の車を駐車場に誘導する仕事が主だ。体力は有り余っているので俺は思いっきり働いた。今回は稼ぐ目的があるからか命令や指示も気にならなかった。身振り手振りで誘導していると、すぐに名物整理マンと言われるようになった。どこにいてもすぐに目立つ俺だ。どうも俺の整理はわかりやすいらしい。あと、表情がいいねとも言われた。車が一杯で入れなくても俺がいると腹が立たない、と分かるような分からないような事を言われた。
「はなみち、どこかいくの?」
オースケは小さいくせに目ざとくて、一日目、昼時の俺の様子ですぐに気づいたようだった。
「おう。仕事だ仕事」
「おしごと?」
流川も俺を見てきた。二人が揃って同じ表情で見つめてくる。
「仕事だ」
他に何も言うことがなかったので、 同じことをもう一度言った。
労働の日々は調子良く続いた。事前に話をつけて週払いにしてもらっていたので懐具合も良かった。
トランプは買っていないが、流川たちにうまい昼飯を出せるようになった。給料が入って初めて作ってやった日のことは忘れない。オースケときたら目をまん丸にして「ぅわあっ」だ。具沢山の桜木チャーハンは大好評で、 大きい流川も小さい流川も飯粒一つ残さず食べていた。俺は大いに満足だった。働くっていいもんだな。
「我は海の子、白波のぉ」
仕事終わりに鼻歌交じりに上着に袖を通していると、キイッとドアが開いた。
「元気だねえ、はなみっちゃんは」
いつもトランシーバーで軽口をたたきあう仲間のおっちゃんだ。が、今にも死にそうな顔をしている。
「おっちゃん、大丈夫か」
「うん、んん~?」
どっちかわからない返事だ。
「どっか悪いんじゃないのか?」
「休憩時間飲まず食わずでクロスワードをやったからなあ」
「じゃあ知恵熱か?」
「んーーーー」
つらそうに体を丸めて、どうも頭ってことはなさそうだ。いつもよりもずいぶん小さく見える。 そばに寄ると腕を掴んできた。
「もう帰って休んだほうがいいんじゃねえか。送ってやる」
「んんー」
腹を押さえながらどんどん小さくなっていく。
「おい」
「い・・・・・・痛い、痛い痛いはなみっちゃん、痛ああああい」
「!」
部屋に備わっていた電話ですぐに救急車を呼んだ。会社にも電話したが誰も出なかった。付添と言われて、俺が病院までついていった。おっちゃんは腹に石がたまっていた。
衝撃だった。大人があんなに痛がる姿を見るのはめったに無い。痛がる姿を見るってのは辛いものだ。もう一回、会社に電話すると労いの言葉をかけられた後に、明日から少しの間おっちゃんの分も出てくれないかと頼まれた。二時間早い出勤でいいからと言われて、俺は受けあった。困った時はお互い様だ。
帰り道、流川たちの顔が頭に浮かんだ。
連絡しておかないといけないのではないか? いつも昼まで一緒にいるのに明日から昼前には出てしまうことになる。そうするとオースケが俺の部屋に一人ぼっちになってしまう。
連絡しなければならんだろう。
今日もまた明日ねと言って別れたし。
連絡するか・・・・・・。
家について、流川が渡してきていた名刺を取りだして電話をかけた。番号を回し終わった後、心臓の音を最大にしながら流川が出るのを待った。呼び出し音がかなり続いた。時計を見たら11時になっていた。しまったアイツ絶対寝てるよな、と思ったところで、プツッと音がしてつながった。
「もしもし」
うわ、流川だ。
「お、俺だ」
「ああ」
声に驚いた感じがない。誰からかかっているか最初から分かっていたようだった。
「寝てたか?」
「大丈夫だ」
「あー・・・・・・色々あって、明日からちょっと早く出なけりゃならないんだ。それで、まあ、その、お前らが来ても昼には俺はいなくなるから、来ねえほうがいいと思う。オースケに言っといてくれ。一応、来るつもりだったらアレだしなと思って伝えておく」
しどろもどろに伝えると、「わかった」と一言あった。
「いなくても、大丈夫か」
「練習に連れて行く」
何だ連れて行けるのか。
それ以上言葉が続かなくて、「ンじゃーな」と切ろうとすると、「どっか行くんか」と聞いてきた。
「いや。仕事だ。同僚が倒れたんだ。それで代わりに出るように頼まれた」
「・・・・・・仕事ってなに」
「店に来る車とか人を整理したり」
コイツにこれ、わかるだろうか。
「楽しいんか」
「あ?」
「仕事」
どういう質問だよ。
「まあ、楽しいっちゃあ楽しいかな」
金も入るしな。
沈黙の後に、 「もう行かねえほうがいいか」と言ってきた。驚きのセリフだった。
「そんなことねえよ。明後日まではいねえけど、その次の日は、確か休み」
言いながら、冷蔵庫に貼っておいたシフト表を確かめる。
「そうだ。明々後日は休みだ。だから来ても大丈夫だ」
「わかった」
「アイツにも言っといてくれ」
「そーする」
流川のセリフを聞いてほっと安堵する。
「じゃーな、そういうことだ。悪かったな。寝てたんだろ」
「別に、いつかけてきても、大丈夫」
まるで電話を掛けてきて欲しいような言い方だ。
そしたまた沈黙が落ちた。
甘ったるいようなソワソワするようなややこしい気持ちだった。
流川も一向に切る気配を見せなかった。
俺の方から「じゃあな」と切った。