流川が白線に沿って立った。
なにやら自分のときよりも緊張する。 さっきまでキャアキャア言っていた女子の人たちもしんとなって、湘北の星と流川の対決を見守っている。おそらくグラウンドにいる奴ら全員がこの大一番に注目していた。
ピッと笛が鳴り走り出した。
流川は俺が認めるだけあってやはりとても速かった。
しかし湘北の星もなかなかの星で、見事な走りを見せた。
あっという間だったが、俺はふたりの走りに魅せられていた。
綺麗だなとシンプルにそう思った。
ふたりは同じタイミングでゴールして、キャーッという女子の人たちの声でオレは我に返った。
気づけば両の手をすごい強さで握っていた。手に汗握るとはまさにこのこと。
名勝負であったと素直に認める。
走り終わった湘北の星の周りにいっせいに女子の人たちが駆け寄りあれやこれやと話しかけている。一方の流川はチラチラと視線は浴びているが愛想が悪いからか誰もそばには寄らない。というか寄れない。しかしオレは寄れる。
走り終わった直後でまだ少し息がハアハアいってる流川に「なかなかだったぞ」とねぎらいの言葉をかけたが、本人はなにやら難しい顔をしていた。
「何だその顔は。おめえにしては上々だ。バスケ部の面目を保ったぞ!」
肩を叩きながらそういってるのに、流川はフルフルと頭を振った。
「・・・そーでもねー」
「なに?」
「アイツは本気じゃなかった」
流川が悔しそうに言った。
「そんなことあるか!」
あんなに速かったじゃねえか。
「一緒に走ったから分かる。アイツは本気じゃなかった」
そのセリフは説得力を持っていた。あまり喋らない流川だからこその説得力である。
「手え抜いてたってのか」
「たぶんな」
「アイツ、速いか?」
「・・・・あの名前ダテじゃねーかも」
「本当に湘北の星なのか?」
「かもな」
ぶるっと震えた。
武者震いだ。
この生意気な流川にそんな風に言わせる湘北の星に俺は震えた。
奴は本当にすげえ奴なのかもしれない。
俺も勝負してみたい。
「テメーもうかうかしてらんねーぞ」
「あ?」
意味がわからず問い返す俺に、流川も怪訝な顔をよこす。
「今からリレーだろ」
「え?」
「言ってただろーが。タイム順でリレーだって」
「そうなのか!?」
ぜんぜん知らなかった。
「・・・てめー・・・もーちょっと人の話きいといた方がいーんじゃねーの」
俺もさっきまでお前に同じこと思ってた。
「おれは考えることが人より多いんだよ。悠長に他人の話なんて聞いてられねえんだよ」
そう返すとどうしようもないといった例のポーズとため息をよこしてきた。
「テメーのクラスはどー見てもテメーが一番速かった。あいつと走るのはたぶんお前だ」
なんかの預言者のように重々しく偉そうに流川は俺に言い放った。
そのあと、本当に流川の言ったとおりクラス対抗男女混合のリレーが始まった。
そしてこれまた流川の言ったとおり俺の対決相手は湘北の星だった。
男女関係なしに半周ずつ走るルールみたいで、おれはアンカーだった。流川はトラックの反対側にいるからよくわからねえけど多分あっち側の最後だ。
クラスの奴らが走る間中、目線はリレーの様子を追っていたが、意識は隣に並ぶ湘北の星にあった。流川に「伊達じゃない」といわせた湘北の星を俺は猛烈に意識していた。
走る順番が近づいて準備するときに意識しすぎるあまりまじまじと星を見てしまい目があってしまった。
あってしまったらそらせない。
そらした方が負けな気がするからだ。
宣戦布告をすることにした。
「おまえ、湘北の星といわれているらしいが、それも今日限りだ。」
いきなり話しかけられた湘北の星は驚いた顔をした。しかしそんな顔などおれは一切気にしない。
「言っておくがバスケ部のほうが陸上部よりもすごい。それを証明するためにこの天才バスケットマンこと桜木花道がテメエに勝つことにした!心しておけ!そして聞け!流川の時みてえに手え抜いたりしたら、承知しねえぞ!わかったか!」
宣言すると、湘北の星は目をぱちぱちとさせた後、にっと笑った。
その余裕の態度にムカーっと頭に血が上る。
絶対に勝ってやる!
10組と7組の実力差は男女ともにほぼないに等しく抜いたり抜かれたりをずっと繰り返していた。途中で洋平が走っていたのが見えたがぜんぜん本気を出していないのがばればれだった。洋平の悪い癖だ。めがねの石井はなかなかよい走りを見せていた。さすがバスケ部。
走り終えた奴らは好きなところに移動してリレーを見物していて、俺のそばにも見物の奴らが何人かいた。「走り方が悪い」だの「足が長い」だのと好き勝手なことを言っている。
そしてそいつらの「お、流川だぜ」という声と同時に、一際大きな歓声が起こった。流川の行くところにその声ありのあのいやーな黄色とピンク色の声だ。面白くない気持ちが起こったが今はそれどころじゃないと頭を切り替え、おれと湘北の星もコースに入る。
「いけ流川」
自然と流川を応援している自分に気づいた。
そういえば今まで流川を応援したことなどなかったかもしれない。
流川はいつも俺の敵だったから。倒す相手は流川ばかりだった。でも今おれの中での戦いの構図はバスケ部対陸上部であり、敵は陸上部の、湘北の星である。だから俺は流川を応援しているのだ。流川を応援するのはすごく新鮮に思えてそして妙にあったかかった。味方の流川というのもたまにはいい。なんというか心強い。
アイツって味方になると頼もしいのかもしれねえな。