-ッ-ッ-
また鳴り出した。
「あ、聞こえる! 鳴ってるな?」と言って、桜木がキュッと蛇口をしめた。
「返せよ、俺の電話」
「……」
「いい加減にしろよ、ったく、どこやったんだよ」とクッションを持ち上げた。そこはさっきも探しただろ、と言いたい。
「あ、まさかの?」
今度は冷蔵庫をあけ始めた。
「どあほー」
「あほうはおまえだ、返せって!」
ギロッと睨まれたが、全然怖くない。
「だあ、もうっ!」
俺のところまでやって来て、スウェットパンツのポケットに勢い良く手をつっこんできた。
「ここか!? あれ? これか? 違うのか? ここになんかあるぞ?」
ポケットの中で俺のをぐにぐにしてきて思わず腰が引ける。
「やめれ」
「なにかあるなあ」
「どあほー」
-ッ-ッ-ッ
電話の音で桜木の顔がはっとする。
「どこにやったんだ、教えろよ」
しょうがねえ。
手を後ろに回してパーカーのフードから持ち主みたいにうるさい電話を取り出すと、「なんっつーところに隠してんだ」と言いながらさっと俺の手から奪った。
「もしもーし」
今日の桜木は電話ばっかりだ。休みなのに、朝からずっと鳴っては出て鳴っては出ての繰り返し。腹が立ったので隠してやったのだ。
ソファに腰をおろすと桜木と目があった。
「もうやっちまえばいいじゃねえか。来る来る言いながら来ねえって」
何の話かさっぱり分かんねえ事を言いながら俺の隣に座って、自分の腿をポンポンと叩いてみせてきた。ちらっと見るともう一度叩いた。しょうがねえから膝枕をさせてやった。
「は? もしも来たら?」
桜木が声を出すたびに俺の体も一緒に揺れる。
俺が目を瞑ってもお構い無しにでかい声で話し続ける。
「その時はもう安全を心がけて帰りゃいいだろ。いい大人なんだから…………わかったわかった。じゃあな」
電話が終わると、桜木はハーッと深く長いため息をついた。
「決まらねえ……まったくもって面倒だ」
「…………」
「今度の土曜に懇親会があるんだけど、台風が来るって予報が出たんだ。それで開催するかしないか大混乱。一旦は中止って決まったんだけど、出来たばかりの店を貸し切りにしていたみたいで、今更キャンセルできないって幹事が言い出して」
「…………」
「じゃあやるかって決まりかけたら、台風が危ないじゃないかって別の誰かが言いだして。アンケートを取ったら、やる派やらない派ちょうどぴったり半々なんだと」
「…………」
「だったらもう有志が集まりゃいいだろうって言ったら、有志って言い方はなんだ、それじゃ来ない奴に志がないみたいじゃないかってまた揉めて…………聞いてるか?」
「…………」
「寝てんのか?」
「…………」
「はー……疲れた。もう昼か、メシなんにすっかなー……冷蔵庫の中なんもねえなあ、今週時間なかったしな……買いに行くかあー」
「行く」
「わっ」
どあほーがびっくりした声を出した。
「寝てたんじゃねえのかよ」
「起きてる」
「だったら返事くらいしろよ」とペチッとおでこを叩かれた。
「行くのか?」
「行く」と起き上がると、またアレが鳴った。「うえー」と嫌そうにしながらも出ようするので、桜木の腕を掴んで止める。
「なんだよ」
「もう出るな」
「そういうわけにいくかよ。邪魔すんなって」
俺の手を振り払って、そしてまた電話に出た。
邪魔ってなんだ。
おかしくねえか。
邪魔なのはあっちだろ。
俺は朝からずっと待ってるのに、いきなり電話して来たやつの方が優先されて。
なんで割りこんで来た奴ばっかり得するんだ。
順番抜かしの奴ばっかり相手にしやがって。
ぜってーおかしい。
納得いかねー。
立ち上がると、桜木が見上げてきた。
一回蹴って、俺はその場を離れた。
「おい、どこ行くんだ」
小声で呼んできたが無視してやった。
寝室に入ってすぐにベッドにダイブした。
桜木の枕が目に入って来てムカついたので、戸に向かって力いっぱい投げつけてやった。ゴフッと音を立てて床に落ちる。たいして良い気分にもならなかった。仰向けになって天井を睨みつける。昨日遠征から戻って来たら桜木は家にいなかった。夜中にやっと帰って来た。十一時くらいだった。「仕事がやばい」と珍しく疲れた顔をしていたから、「遅え」とか言うのはやめた。帰ってからもムッツリ顔であれこれ家のことをして、風呂に入ったらすぐ寝た。何にも話さねえで眉を寄せたまま寝た。そういうのも珍しかった。そして起きたら今度は電話だ。あの変な音が鳴るたびにそっちにばかり集中してる。
ガガッと変な音を立てながら戸が開いた。
「おい」と呼ばれた。
仰向けのまま視線をやると目があったけど、すぐに逸らしてやった。
「枕を投げんのはやめろよな、戸が外れるだろうが……っていうかホントに外れてるじゃねえかコノヤロー」
ガコッガコッと外れた戸をはめ直している。
「そもそも物にあたるっていうのがよくねえ」
「……あっち行け」
「怒んなよ。もう電話は終わった。もうかかってこない。台風なんかに負けないぞーってことになった」
どーでもいい。
「買い物行こうぜ」
「いかねー」
断ると、少し間を置いて「あー疲れた」と俺の足の上に倒れこんで来た。そしてそのまま動かなくなってしまった。
赤い頭のつむじが見える。いつもはあんまり見る事のない場所だ。
つついても反応がない。
急に静かになってしまって、つまらなくなる。
「重い」
足をゆすってみると「そんなに重くねえだろ」とうつ伏せのまま言ってきた。
「足が折れる」
「そんなわけあるか」とやっぱり動かない。
「……でぶ」と言うと、肘をついて起き上がってじっと見つめてきた。
「お前、たまに最悪の単語で悪口言うよな」
「……」
「良くねえぞ、そういうのは。俺だから良いものの」
「テメーにしか言わねえし」
「そうなんか?」
あたりまえ、と頷く。
「そうか、それならまあ……いや、良くねえだろ。だめだだめだ」としかめっ面で近寄ってきた。
「俺相手にも言ったらダメだろ」
「なんで」
「そりゃ傷つくからだ」と鼻を膨らます。
「傷ついたんか」
「いや、別に傷ついてはいないけど」
「じゃーいいじゃねえか」と言うと、「うーん」と上を向いた。目の前で顔がコロコロ変わって面白い。
「いややっぱだめだろ」
「なんで」
「今は良くてもいつか傷つくかもしれねえからだ。だめだだめだ」
「だめだだめだ」
真似をしたら桜木が目を丸くした。
「……なんでマネするんだよ」
「変だから」
今度のは怒らなかった。怒らないどころかキスされた。離れたと思ったらもう一回された。
「そう言えばさっき気になるものがあったなあ」とまたポケットに手を入れてきた。
「ん」
不意をつかれたから、体が跳ねて変な声も出てしまった。
「あったあった」と言いながら撫で始めた。でかい手が俺のポケットの中でごそごそ動く。
久しぶりだったのと桜木の目が強すぎるのとでたまらず腕で顔を隠したけれど、すぐに「見せろ」と剥がされた。じゃあこっちも、と触ってみると桜木のも変わり始めていた。
もっとちゃんとしたい。
腰を浮かしてパンツに手をやると、桜木も着ていたものを脱ぎ始めた。
すぐに現れた上半身に目を奪われる。いつ見てもいい。特別鍛えたりしていないはずなのに、分厚くて形が良くてカッコイイのだ。
じっと見ていると、桜木が何やらもったいつけるような動きを見せ始めた。
ゆっくりのろのろのし始めて、ちらちらとこっちを見てくる。
「脱げ」と言うと「どーしようかな」とふざけたことを言い出した。
「さっさとしろ」と蹴ると「俺でぶだしなあ」と言った。
「早くしろ」と服を引っ張ると、「もう言わねえか?」と聞かれた。
しぶしぶ頷くと、残っていたのを一気に脱いで、俺に飛びついてきた。
おしまい
2018/10/11(2018花流の日!)
リクエスト「花流で、花道のことが好きすぎる流川のお話」を書かせていただきました!
リクエスト本当にありがとうございました!!