頭の中がとてつもなく騒々しくて、ちんどん屋がいるんかなあ、と目が覚めた。ちんどん屋。ずーっと前に親父と行った港で見たことがある。晴れの日だった。波のない穏やかな海に、ぷかぷかと小舟が浮かんでいて、釣り人もいた気がする。そこに突如現れたちんどん屋。派手な服を着て賑やかな音を出して景色からあまりにも浮いていて俺はちょっと怖かった。あれは何だと聞いたら、あれはちんどん屋だと親父は教えてくれた。ちんどん屋。
「ちんとどんでちんどん屋」
「なんだそれ」
声があって驚いた。声の方に視線をやるとえらくすました顔をした奴が俺を見ていた。俺はベッドの上にいた。家にいるのだとばかり思っていた。
「おまえ誰だ?」
尋ねると、すまし顔が驚いた顔になった。驚いてもすかして見える顔だ。なんだろうなコイツ。体を起こす。
「アイテテテ、なんか、頭いてえ」
頭に手をやると後ろの方にでっかいこぶみたいなのができていた。なんか、ぶつかったんかな。もしくは誰かに殴られでもしたんだろうか。覚えてないな。すまし顔は俺を見つめていた。ちょっとたじろいでしまうほどに熱心に見られている。…本当にこいつにやられたのかもしれない。見ただけで分かる。こいつは強いぞ。誰だか知らねえけど。他校の奴だ。知らねえ制服着てる。知らねえ奴に殴られたのか。知らん奴に殴られるなんてことが格闘技の天才・桜木花道にあるわけないので、不意打ちだったに違いない。卑怯者かあ?ギロッとすまし顔を睨みつけてやった。だのに相変わらず俺を見ている。なんなんだ。
不意打ちされたのだとしたら納得だ。だってここに運ばれるまでの色々が全く思いだせない。そもそもまずここがどこかが分からない。体重計と身長計、瓶がぎっしり詰まった棚で保健室であることは分かる。が、どこの保健室かが分からない。俺の学校とは違う。保健室なんてどこの学校も一緒だろと思ってたが、実際に違うのを見たらすぐわかるもんなんだな。
「ここどこだよ」
「保健室」
「どこの保健室だ」
「ガッコー」
わざとなんかな、この感じ。この、伝わらない感じ。
「お前誰だよ、どこのチューガクだ」
そう言うとさっきよりももっともっとじっと俺を見つめてきた。すごい見つめられ方で穴が開きそうだ。だが視線を外したら負けな気がした。俺は目力いっぱいにしてにらみ返してやっていた。知らない奴と睨みあってると、外から騒々しい音が聞こえてきた。すまし顔がさっと立ち上がって壁際に移動した。
「おおおお!花道、目ぇ覚ましてるぞ!」
「お前~復活したか!」
洋平達が入ってきてほっとした。すぐにわあわあと俺の周りに寄ってきた。
「流川、コイツいつ目が覚めたんだ?」
大楠がすまし顔に聞いている。…なんか変だこいつら。
「お前らなんだ、その格好」
「え?」
「服だよ服!」
四人そろって変なのを着ている。学ランだけど俺のとちがう。ハッとして、自分を見てみると自分が着ているのも変だった。さっきの奴も同じものを着ていた。なんだこれ。なんか、気持ち悪い。
「俺・・・変かも」
「いつもだけどな」と高宮のヤローが口を挟んできて、コイツは同じだとちょっとほっとする。でも洋平も忠も大楠もそしてやっぱり高宮も昨日までとは違って見えた。なんて言うかいきなり老けた。さっきの奴は部屋の隅っこに立ってまだ俺を見ていた。立ってみると分かったけど、ずいぶんでかい奴だった。俺よりでかいんじゃないだろうか。ちょっと前かがみになって小声でたずねる。
「あのでかい奴、誰だよ」
「えっ」と四人が揃って奴を見て、続けて俺を見た。
「流川のことか?」
「・・・誰だよ」
四人が固まった。すごい真面目な顔になってて焦る。
「あ、新しい仲間か?」
「お前冗談言ってんのか?」
「・・・なんだよ」
「ケンカでもしたのか?」と、忠が後ろを振り返って尋ねている。あいつは流川というのか。こいつらは知り合いのようだけど、俺は今日初めて見る顔だ。だけど洋平たちが知っているのに俺だけ知らない奴なんているだろうか。それまで黙っていた洋平が口を開いた。
「・・・花道、お前いま何歳?」
「あ?」
「何歳?」
「お前らと一緒だろ」と言っても俺は四月一日生まれだからちょっとみんなより年をとるのが遅い。ちょっとっていうか一番遅い。末っ子末っ子って言われてイライラすんだよな。でもあとちょっとで俺もみんなと同じだ。
「な、俺たち何年生ですか?」
バカにしてんのか!
「中三だろ!」
みんなが変な顔をした。
「おい・・・こりゃあ・・・」 記憶喪失だった。
俺は記憶が無くなったらしい。本当にあるんだな、そういうこと。
中三だと言った後に俺はすぐに病院に連れて行かれた。頭の中がちんどん屋で騒々しいのと後ろが痛いのはあったけど、身体はピンシャンしてるので歩いて行った。最初、流川という奴について行ってもらえと言われてびっくりした。「知らない奴と行きたくねえよ」と言ったら、なぜか洋平たちが悲しそうな顔をした。それでなんかまずかったかと思って流川を見ると奴は別に平気そうだった。と言うか、なんか気持ちの読めない顔なんだよな。なんにしても知らない奴なのは間違いない。流川とやらと病院に行くのは嫌だった。だから結局洋平が代表してついて来ることになった。学校の先生らしき大人も付いてこようとしたけど、断った。これもまた知らない奴だし、なんせ俺は身体は健康だったから、付き添いなんてそう何人もいらないのだ。洋平がいたらいい。なのに結局、なぜか流川って奴もついてきた。「知らない奴」って言われたのについてきた。