秋ですから

「オレよー、今日さー文化委員ってやつになっちまった」

今日一日にあったことを報告するのがすっかりお決まりとなった流川との帰り道。
聞いてるのか聞いてねえのかさっぱりわからねえこの男。
反応があってもトンチンカンなことが多々あるし。
こんなヤツを相手にオレもよく話すよなあと思う。
だけどなんだろうな。
こいつに話すのはなんか面白い。
こいつの反応は、たとえそれが聞いていないという失敬な反応であっても、なんか嬉しい。
・・・妙な才能を持ってやがるぜ。
一度でいいからこいつの頭ん中がどうなってんのか覗いてみてえな。
寝る、食う、バスケしかねえんだろうなと想像して、笑いがでる。
脳みそのとこにそうやって書いてあるのを想像したんだ。ぷぷぷ、笑えるぜ。
・・ん?待てよ?それだけかよ。なんかおもしろくねえな。
オレはこいつのこと考えてる時がけっこうあるというのに、 こいつはおれのことをぜんぜん考えていないってのは、それは気にくわねえ。 生活の1割じゃ足りねえ、ぜんぜん足りねえ。4、いや・・6、8割くらいは俺のことを考えていないと・・・と悩んでいたら、流川がこちらを見ていたことに気がついた。

「んだよ」
「きみがわりぃ」
「うっせ。あんな今日のホームルームの時の話なんだけどな。そんとき俺の席の前に洋平が移動してたんだよな」
「なんで」

これだよ。とんちんかん。

「今、そこはいいんだよ」
「なんで」
「だーっ!なんか前のやつに頼まれて移動してたんだとっ!俺が知るかよ。どーでもいいとこだろうが、先続けんぞ!そんでな、」

洋平がな「なんであんなにボールが飛ぶわけ?」などと庶民丸出しな質問をしてきたんだよ。 だからよぉ、ヤレヤレ仕方ないなぁたとえばな、と合宿シュートのポーズをしたんだよな。その途端、「ありがとう、桜木君!」と教室の前に立っていた女子のひとに言われたんだ。続けて担任もな「立派だぞ、桜木」と言ってきて、さっぱりわからねえと洋平を見たわけだ。

「だってそうだろ?ワケわかんねえだろ?」
「わかんねー」

こっくり頷きながらそう返す。
たまにこうしてきちんとツボをおさえた反応もするからなぁ。
ひでえ時があまりにひでえから、こういうちゃんとした時は、なんか頭を思いっきり撫でてやりたくなる。

「そうなんだよな。そんでな、洋平はというとな、」

申し訳なさそうに片目をつぶって「わりっ」と言ってくっからよぉ、引き続きさっぱりわからねえ。「だからなにが」と聞こうとしたところへ、 もう一度、前のほうから「ありがとうね!助かるわ!」と言われてな、そっちの方を見てみたら、さっきの女子の人がそのままくるっと後ろを向いて、それから黒板にな、それはそれはきれいな字で桜木と書いたんだ。桜木という俺の名前を。

「テメーの名前くらいしってる」
「そこじゃねえ。その字の綺麗なことといったらという話だ。 そこに桜が咲きそうなくらいの美しい字だったという話だ」
「字に花がさくか、どあほー」

・・・これ以上こういう美しいことをこのキツネに言っても無駄である。

「そのキレーな桜の咲きそうな字でかかれた俺の名前の上に」

『文化委員』と書いてあったんだよ。つまり、オレはその洋平に見せた合宿シュウッで、文化委員に立候補したことになったんだなぁ・・

「ちょっとすごくね?」
「・・・・・・・」

・・・無言がちゃんとした反応になるからなあ、たいしたキツネだよ。

「たしかにな。たしかにオレもな、これはあまりにイカンと思って、断ろうとしたんだけど」

黒板に名前が書かれた途端ものすげえ量の拍手に包まれてさ。それによぉ、女子の人にも何度もありがとうと言われてよぉ。 はなみっちゃん!というヤローどもの声もするわけよ。 こうなると文化もわるくねえ気がしてくっから不思議なもんだ。 皆に混じって一緒に拍手をしていた洋平も「さっすがバスケットマン」なーんていってきてさー・・・

「そんでオレ、文化委員」
「 ド ア ホ ー」

はっきりくっきり言いやがった。

「あほうじゃねえよ!いいんだよ!バスケもいまや文化の時代だ」
「イミわかんねーし」
「ちょっとキツネに文化はわからねえだろうなあ。猫に小判ならぬ、キツネに文化だ」

なーっとそこの塀の上のところにいた猫に相槌を求めると、

「ぶんかってなに」

隣のキツネがなんかこむずかしいことを聞いてきやがった。

「まーオメーはちょっと文化ってタイプじゃねーもんなぁ」
「だから、ぶんかってなに」

ぬ、しぶとい。

「文化ってのはオメー、絵ェ描いたり、本読んだりっつー、あれだよあれ。あれが文化だ」
「テメー、えーかくの」
「オレは絵はかかねえなぁ」
「ほんよむんか」
「読むと思うか?」

逆に問い返し、流れる沈黙。

確かに言ってて自分でもなんかおかしいなぁと思ったが、文化なんてそんなもん考えたって分かるもんかよ。 とにかくオレは文化委員なんだ。 それでいいんだ。
キツネをちらっと見たら、いつもの様子でまた歩き出しているし。なんかしらんがこいつも今ので納得したらしいし。

「ただ・・その・・ちょっと気になることがあんだよな」

キツネが目で先を促してきて、オレもそれに従い続ける。

「どうやら文化委員は定期的に会合があるらしくてな」

 それを委員会っていうらしいんだが、文化委員は委員会に必ず参加しなければならないらしい。 それがどんなもんなのかイマイチ分からんが、洋平が言うには、ユウイギな会合であるんだと。 それは良い。 机上で汗かくってのもたまには大事だもんなと言うと、洋平もそうだなと言っていた。
ただ・・それが放課後にあるってのが引っかかる。放課後といえば部活だ。
たとえちょっとの時間でもよぉ、バスケの練習ができなくなるのはいてえ。

「さすが一秒の間も惜しんでボールに触れていたいバスケットマン桜木!」
 カラ元気を見せるが、したけた目で見つめられる。

「ドシロートのクセに練習時間・・へらしやがって」
「だからっ、説明したろーが。あれよあれよというまになっちまったんだよ。とにかくだ! 明日さっそくあるらしいし・・ちょい部活の最初のほう、出れねえし・・ゴリに、言っといてくれよ。」

言っててなんか切なくなってきた。バスケ、できなくなるんだな・・・

「・・・どれくらいいねえの」

声色が明らかに変わった。こいつも同じ気持ちなんだと知る。切ないのか、お前も切ないのか。
嬉しいが、それは嬉しいが、そんな気持ちにさせてすまねえとも思う。
寂しい思いなんてさせたらいけねえ。

「わかんねえ。んだよそんな心配すんなよ。だいじょうぶだ!オレは文化人である前に、いちバスケットマ」
「オレもでる」
「は?」
「オレもでる」

でるって。
文化委員会にですか?と問えば「そうだ」という。
でもオメエは文化委員じゃねえんだろ?と問えば、「そうだ」というが、それでも「でる」という。
どうやってと聞けば、間をおいて上を見た。特に何か考えがあるわけでもないらしい。
ありがとな、その気持ちが嬉しいぜ、その気持ちだけでもう充分だと言って、 言っているうちにたまらなくなったので抱きつこうとしたら、 「うっとーしー」と言って、ぺしっとオレの広げられた両の腕を振り払った。
やつの顔を見れば、なぜかその目はバスケしているときの目になっていた。目的を持った、あの燃えている目だ。
そんな目をするような場面ではないと思うんだが。

別れ際にもう一度「でる」と言って、それから帰っていった。

出るって言ってもなぁ・・。
やると言ったら必ずやるオトコだが、しかし今回ばかりはなぁ。

でも次の日、やつは本当にいた。

委員会が行われる教室に入った途端、つまんなさそうに頬杖ついて、 ぼんやりしているキツネの姿が目に飛び込んできた。地味なクセに目立つからすぐ分かる。

「ほんとにいた!」

思わず叫んだこの俺に、キツネは頬杖ついたまま、ベエッと舌を出した。
駆け寄り問いただす。

「どうなってんだよ!」
「かわった」
「お前のクラスの文化委員とか!?」
「そー」
「そんでおめえ、文化委員になったんか」
「そー」

ということで、オレらそろって文化委員。

委員会いっしょとか、高校生二人を書く醍醐味ってやつですよね。