「これを参考に男を磨け」
リョーチンが部活終わりに一冊の雑誌を手渡して来た。赤色の文字で書かれた雑誌名の下に、「男心、丸分かり!」とピンクの太文字でデカデカと書いてあった。女子の人が見る雑誌だろう。どうしてリョーチンがこういうものを持っているのか分からなかったが、こんなものを目にする機会は滅多にない。俺にも流川という男の恋人が出来た今、男心への理解も必要かもしれない。俺はありがたく借りることにした。
うちに帰ってこたつ机に茶と茶菓子と雑誌を置いて、ページをめくる。特集ページに男心について色々と書かれてあった。
『男は基本褒めろ』。男はおだてられると調子が良くなってさらに働く。そうだなあうんうん。俺は褒められるとかなりの力が出るし、やる気にもなる。流川もだろうか。流川がおだてられて調子に乗ってるところなんて見た事ねえけどなあ。次に、『男は言わないと分からないので、気持ちは言葉に出して伝えていこう』とあった。男っていうか、みんなそうじゃねえのかな。さっきのも。そして、そこで気付いたのだが俺だって男だ。こんなものを読むまでもなく男心はここにある。
「こんなの寄越して来て、リョーチンはどういうつもりなんだろうな。まったく」
茶をズズッとすすると、隣でクウクウ寝ていた男がぱちっと目をあけた。目が合うとのっそりと体を起こした。
「お前って本当にずっと寝てんのな」
頷いている。自覚があるみたいだ。
「はねてるぞ」と手を伸ばして頭の後ろを触ると、流川がくすぐったそうに肩をすくめた。
「今雑誌読んでたんだ」
「ふーん」と興味なさそうに言って俺の腕に顎を置いてきた。
「ページがめくれないだろ」
腕を上下に揺らすと流川の頭も一緒に動く。流川がうーっと声を出す。
「なあ、ここ。星占いもあるんだぞ。恋占いだと。やってみよーぜ」
頭が腕から退いた。
興味があるみたいだな。
星占いっていうのは生まれた日で占うあれだ。
「オレはなんだろうな、4月1日。おすひつじ……おひつじ、牡羊座、な。お前はー」と調べようとすると、流川が「ひつじ」と言った。
「え、お前も羊なんか!?」
驚く俺に流川がこっくり頷いた。
「同じなんか! ウンメー的なものを感じるなっ!」
喜ぶ俺に「どあほー」と流川が言ったが、こいつも喜んでいるようだ。
「なになに? おひつじとおひつじは、うわっ! 相性90パーセント! お互い惚れっぽい者同士、恋に落ちる時も劇的です。他のことは見えなくなり全ての困難を乗り越えて二人の恋を貫くでしょう……って、なんか照れるな」
「どあほー」
こいつも照れている。俺たちは似ているのだ。同じ星座だから。
また俺の腕の上に顎を乗っけてきた。揺らしてやると、さっきみたいに「うー」とやり始めた。俺が動かすたびに流川の声が震えて面白い。新しい遊びを発見した。
「牡羊座は惚れっぽいんだな。お前ってあんまり惚れっぽいって感じしねえけどな」
「ほれっぽくない」
「だよなあ……俺は惚れっぽい奴って言われてるけど」
穏やかじゃない空気を察知し、慌てて「でも恋人ができたら一途だ。つまりお前に一途だ」と付け加えた。想いを口に出して伝えるを早速実践している俺だ。
「この、全ての困難を乗り越えて二人の恋を貫く、ってすごいな。困難を乗り越えていこうな」
腕の上で頭が頷いた。このぼんやりと一緒にいると、困難が起こることもあんまり想像できない。その時点で相性が良い気がする。嬉しいな。
「お前も自分の星座とか知ってんだな」
せんべいを一枚顔の前にやると、口をあけたので唇の中に挟ませる。あんむとくわえて、バリバリ食い出した。
「しょーがつに見た」
「星占いしたのか?」
「してねーけど。なんか正月に親戚が見せてきた」
「正月はお前の誕生日だもんな」
流川が頷いて茶をすすった。流川の誕生日は最近知った。部活の休憩時間なぜかみんなで言い合うことになって、「とんでもない日に生まれたんだな」とミッチーに驚かれていた。ちなみに俺は「嘘みたいな日だな」って笑われた。
「俺は4月。お前は1月。生まれた月が違ってても星座って同じなんだな」
「……」
「……同じになるか?」
ならない気がした。もう一度雑誌に目を落とす。1月1日を探すと牡羊座ではなく山羊座だった。
「俺と同じじゃねえよ」
「まちがった」と誤りを素直に認めている。
「お前はこっち! なんだこれ、なんて読むんだ。やまひつじ」
「やまひつじ」
「ここ、ちっちゃく書いてあるぞ。や、ぎ。ヤギだと。ヤギって読むんだと!」
羊っていう字がどっちにもあるから流川が間違っても仕方ない。羊トラップだ。
「でも同じ羊だしやっぱり相性は抜群だろうな」
そして牡羊座と山羊座の交わるところを指で追った。流川も身を乗り出した。
「相性は40パーセント。え、40?」
我が目を疑ったところで流川が雑誌を勢いよく閉じた。びっくりした。
「こんなの関係ねー」
ちょっと怒った顔をしているのを見て、「おうよ!」と俺も同意する。
でも俺の頭には相性40パーセントの文字が微かに残ってしまった。相性40パーセントって……さっきまで90で喜んでいたのに、いきなり40になった。俺たちは何も変わっていないのに、90から40に急降下だ。そこでハッと気付く。数字ごときに俺は踊らされているぞ、と。
流川を見ると目が合った。そのままじっと見つめ合った。こたつ布団の下で手を握りあう。それだけじゃ足りなくて唇もくっつけた。しばらくくっつけていると、あんなの関係ないって思えるようになった。唇を離すと流川の方がちょっと遅く目を開いた。可愛かった。めちゃくちゃ可愛かった。こんな風に思うのだから、やっぱり俺と流川は相性抜群だ。
「俺たちがヒツジとヤギの新しい歴史を作ろうぜ!」
流川もしっかり頷いた。
おしまい
今日10月13日ですけど2019年花流の日記念として書かせていただきました。
タイトルは、ずっとこの曲が頭に流れていたので。オメガトライブ。
たぶん夏の歌ですよね。
占いなんてまずしない二人だろうけどしてみてもらいました。
リョーチンはクラスの女の子から借りたんだと思います。
2019/10/13