君といつまでも

「タテの一番。「め」と「はな」と「は」があって「くち」と「みみ」がないもの。なんだろな。一問目が一番難しいんだよ、お前分かるか?」
「メとハナと・・・・・・」
 なんて言ったっけ。
「は」
「ハ」
「最初っからこれが分からないんだよなあ」
 桜木がぼやきながらペンを額に押し当てる。
「くちとみみがない・・・・・・みみ、パンか? ぜんぜん違うな、あーなんだろなっ! うーん」
 桜木があまりに唸るので一緒に考えてみた。
 メとハナとハがあって、クチとミミはない・・・・・・ぴんときた。
「植物」
 桜木が目をまんまるにして、「それっ!」とペンを向けてきた。
「しょくぶつーー!」と叫びながら手元の方眼に文字を入れていく。
「ドンピシャ! 大当たり!」
 両手でガシガシと頭と髪をかき混ぜられる。痛かったけど、興奮しているようなので黙っておいた。

 俺たちはクロスワードパズルをしていた。
 かれこれ一時間位やっている。
 風呂から上がったら桜木が雑誌を睨んで唸っていた。寄って行くと「クロスワードってのをやってんだ。お前もやろうぜ」と誘われた。「やったことない」と言ったら「俺もだ」と返ってきた。腕を引かれたので、自分もいっしょにやることにした。実際は桜木がクイズを解く様子を見ていただけだ。悩んだり分かったりするたびに顔が変わるのが面白くて。でも最後の答えは自分が当てたようだった。自分の答えに桜木は今日一番の良い顔を見せた。言ってみるものだ。
「全マス完成っ!」 
 雑誌を両手で持ち上げて「やったぞー」と眺めている。
「AからLのマスをつなげた言葉を編集部までお送りください、抽選で二名一組様に、温泉旅行ご招待っ! 温泉だと!」
 目をキラキラさせる桜木の向こうに湯気が見えた気がした。扇風機をつけようと立ち上がる。
「なんか、俺、これすっごい当たる気がするんだよな」
 どうしたらそんな気になれるのか不思議だが、なんとなく自分も桜木は当たる気がした。「送る!」と叫ぶ桜木に、「そーすれば」と頷いた。

***

 部屋の端にマットを敷いて日課のストレッチをしていると、桜木がバタバタと自分の後ろを通った。さっきから行ったり来たりしている。足を伸ばして前屈の姿勢をとると「おー良いところに椅子がある」と聞こえて、背中にズシッと重くて熱いのが乗った。「ジャマすんな」と後ろ手に払うと「ワハハ」と笑いながら退いた。
 部屋の反対側に腰を下ろして何かしだした。床に物が広がっている。
「お前は運動、俺は明日の準備」
 いつも背負っているバックパックを見せてきた。
「どっか行くんか」
「林間学校の下見だ」
「・・・・・・泊まりか」
「日帰りだ」
 安心して、また前に上体を倒していると、突然「あっ!」と桜木が声を上げた。バックパックに手を突っ込んで、すごい形相をして自分を見て来た。
「なに」
「これ」と一枚の紙を見せてくる。ハガキだった。
「出し忘れてた・・・・・・二週間前の、クロスワード」
 ああ、あれかと思い出す。すっかり忘れていた。
「ポストに入れようと思って、リュックに入れて、そのまんまにしてた。俺、忘れてた」
 そんなことか。大きな声を出すから驚いた。
「別にいいんじゃねーの」と言いかけて止めた。桜木の顔を見ると言えなかった。逆に。
 出し忘れたくらいでずいぶん深刻な顔をしている。むしろその顔の方に驚く。
「明日出せば」
「締切りは先週の土曜だった」と首を振る。
「俺たちの温泉が、パーになった」
 みるみるうちに桜木がしぼんでいく。本気のやつか冗談のやつか。しばらく様子を見ていたが桜木は復活しなかった。今回のは本当に落ち込んでいるパターンだった。立ち上がって、しょげかえっている男の傍らにしゃがみ込む。背中に手を置くと、悲しそうな顔で見つめてきた。
「忘れるなんて・・・・・・俺としたことが」
 いまいち同情しきれなくて、なんと声を掛けたものか悩んでいたが、悲しそうなのは確かだったので頭を撫でてやった。
「慰めてくれんのか?」
 頷くと抱きついてきた。背中に手を回す。
「ここんとこ忙しすぎたのがいけねえんだ、頼まれごとをしたりされたり、言い訳にもなんねえけど」
「そうか」
「せっかくお前とやったパズル」
「ああ」
「お前と温泉。行きたかった」 
 って言うか・・・・・・
「抽選、当たってなかったかもしれねえだろ」
 至極真っ当な事を言ったつもりだったが、桜木はそうは思わなかったらしい。信じられないといった顔で自分を見てきた。
「当たるだろ!」
「・・・・・・」
「当たってたに決まってる!」
 そう言ってまた抱きついてきた。
 悲しんでいる事に間違いはないのだろうが、根っこのところがめでたく出来ているから本格的な悲壮感がない。つくづく不思議なバランスをした奴だと思う。
「温泉! お前とっ!」
 また言っている。
 風呂に長々浸かることにそこまで魅力は感じないが、桜木と行くとなんでも楽しいのは知っていた。
 ぎゅうぎゅう抱きつかれながら、近いうちに温泉旅行を用意しようと考えた。

おしまい

温泉を夢見ながら・・・・・・


2020/07/31