ラプソディー214

日曜日、どあほうがうちに泊まった。
月曜の朝、かーさんの作った味噌汁を「すっげえうめえっすよ!」と鼻水と涙たらしながら一気に飲み干していた。かーさんも泣きそうな顔しながら「まだあるわよ!」とおかわりの味噌汁を汁椀になみなみとついでいた。味噌汁のおかわりするやつをオレははじめて見た。
ねーちゃんはとなりで「桜木くんサイコー」と笑ってた。

―――どあほうはやっぱちょっとかわってる。

水曜日。
放課後の練習がねえから、いつもよりも早く朝練に行く。
時計を見れば6時。
あいつは早起きだから、もう来てるかもしれねー。
玄関でくつひもむすんでいたら、かーさんに「これ桜木くんに渡しておいて。手作りって言っておいてね。」と、なんか重い紙袋と、それからカラの紙袋を二、三枚渡された。
「なにこれ」
「いやぁねぇ。おかあさんと桜木くんの話、きいてなかった?」
実際きーてなかったけど、なんかくやしかったので、「シッテル」と言っておいた。どあほうが話していたんなら、後でどあほうに聞けばいい。
そしてチャリを走らせた。

部室についたら、やっぱりどあほうはもう来ていた。
でけぇ歌ごえが外にまで響いてる。
あいつはあいかわらずドシロートだが、バスケばかで早起きだから救われている。オレがドアを開けるとこのクソさみーのに、上半身裸で制服をたたんだりしてて、ありえねーだろ、とおもった。

「おー?キツネか。コンコン。」
「ウルセ――――これ。」
かーさんからあずかっておいた紙袋をわたす。
「なんだこれ?」
紙袋の中を覗きながらどあほうが聞いてくる。
なんだ。どあほうもわからねーのか。
「てづくり。」
「!!!!!!」
そう言った途端、どあほうがバサッと袋を閉じて、真っ赤な顔して固まった。

「なッ―――マジ、かよ。オメーが・・・・・・まさか・・・・・・いやその、なんだ、うれしいぜ・・・・・・あんがとよ」
真っ赤な顔のまま、礼を言ってきた。
そんでモジモジしだした。

どあほうのくせに、すっげーかわいい。
ボーっとみてたら、「実は・・・・・・おれもよぉ・・・・・・」と言って、カバンをごそごそと探って、それから「手作り」と言って、白い紙袋を投げてよこしてきた。
「おめーチョコとか、あんまくわねーけど一応作っておいたし。ああああ愛情てんこ盛りだぜ!!」
瞬間シマッタ、とおもった。
今日は、アレの日だった。
バレイタ・・・・・・ちょこの日。
出がけにかーさんに渡されたカラの方の紙袋の意味がようやく分かる。

「しかし、まさかオメーからもらえるとはなぁっ!」

赤い顔のままテヘヘと俺に笑いかけてきて、タオルを首にかけて出ていこうとする。やたらとでかい声は照れてるときの声だ。
やべぇ・・・・・・
急いで肩をつかむ。
「あけねーの?」
「ん?」
「あれ、中身、みねーの?」
「後で見る。・・・・・・大事なもんだし。昼に見る。おめーも一緒にみよーな。」
「そっ」
「ウィーッス。だぁ。あいっかーらずはえーなぁ、おめーらはよぉ。しょーがくせーか」
「おーミッチー!!」
チッ。
「んん?おい、流川君よぉ。キミ、今、舌打ちなんかしなかったかね?ん?」
「スンマセン」

それから朝練の間中、どあほうは上機嫌だった。
その様子を眺めなから、オレは、ちょびっとだけ困ったことになったと思っていた。

昼メシの時間になって、どあほうがドアホーの集団と一緒に俺の教室にやってきた。周りにある椅子を引き寄せオレを囲むようにして座り、昼メシを食いだす―――せめぇし、うるせぇ。
「こいつらも見るって言ってきかなくてよぉ。―――いいか?」
あいかわらず目線を微妙にずらして、右手には例の紙袋を持ったまま、照れた顔して言ってくる。
いまさら、いーもわりーもねーだろーが。

「おわっ!流川!―――オメーーあれもしかして全部オメーのか?」
丸いヤツが、教室の角に置いてある紙袋をさして言ってくる。
「そーらしー」
「すっげえじゃねーか!全部おめーがもらったってこと?どんだけモテるんだっつうー話だろぉ!おいおい!見ろよ、花道!」
「ハッハッハ!」
ナンダその笑い。
「おお!ヨ・ユゥ―――ー!」
そう言う間に、またしらねーヤツが「ルカワ君入れとくね!」とチョコを袋に入れていく。
「おおー」と言いながら、連中がその様子を眺めている。
どあほーは「いやいやどうもね、キミ!」と声をかけているが、入れたやつはむっとした顔してどあほうを見る。
いつもは機嫌が悪くなるくせに、今日のどあほうは上機嫌だ。

「ほしーならやるケド。」
「マジッ?!いただきま」
「待て!高宮!まてだ、待て!!流川・・・・・・テメー・・・・・・人がくれたもんを他のヤツにやったりしたらだめだろーが!そもそも、もらいもんを、あんなとこにおいておくこと自体、どういう了見だといいてえがなっ!」
それは、通路の邪魔になっからそこおいとけと、センセーが言うから。
「それに―――オメーだって、自分が人にやったもんを他のヤツに渡されたりしたらいやだろう?」
例の紙袋を揺らしながらきいてくる。
いやかどうかはわからねーが、とりあえず、オレは今その紙袋が心底忌々しいと思う。

「もーいーから早くあけてみろって。ったく朝からずーっとこれだもんよぉ」
「やってられっかよ」と、黄色い頭のヤツが言っている。
「しょうがねぇなぁ。よし。では、あけるぞ。」
ゴクッと、誰かの生唾を飲み込む音が聞こえる。
オレは、椅子ごとちょっとうしろに下がる。
のまが不思議そうに俺を見てくる。
おれは、しらねー。

紙袋から出し、包みを広げる。
「―――おい。タッパーにチョコかよ。」
「飾らないところが、キツネらしーな!」
「―――すげえ量だな・・・・・・いくら花道が大食いだからって・・・・・・」
「質も量も!オレ様のことをよく分かってる!」
「―――なんかやわらかそうだな・・・・・・」
「・・・・・・意外に、オレは・・・・・・アゴがよえーからな・・・・・・」
「―――すげえにおいだな。」
「おれ様は鼻が・・・・・・」
「―――っていうか、これ味噌じゃねぇ?」
「―――――――――」
「オレはわるくねー」

 そのあと爆笑するやつらのおでこに、どあほうは次々と頭突きを食らわして、オレには、「おかーさんには礼を言っておけ!」と言って、やっぱり頭突きを食らわしてきた。
 でもそのあと涙目になって「テメーなんかだいきれーだ!!」と捨てゼリフを残し、教室から走って出て行った。
 水戸は「気にすんな。早とちりした花道がわりブワハハハ」言いきれず爆笑していた。黄色いヤツと丸いヤツとのまも、やっぱりずーっと笑ってた。

 おれはわるくねー。
 それからまた誰かが、紙袋にぽいっとチョコをいれて行った。

***

 夕方、チャリを押しながら、スーパーまでの道のりをどあほうと歩く。
 どあほうはあれ以来、クチをきかねー。

「まだおこってんの」
「―――――――――」
「何べんもあやまっただろーが。」
 かーさんからと言わなかったのはワリかったかもしれねー。
「オメーがいつ謝ったよ!」
 やっとクチきいた。
 それから、じろっとチャリのかごに入った紙袋を見てくる。
「オメー・・・・・・俺のやったチョコ返せ。」
 突然そんなことを言ってきた。
 びっくりした。
 なんで。
「ほれ、返せって。」
 手のひらを出してくる。
「なんで?」
「なんでっていらねーだろーが。おまえチョコくわねーし・・・・・・」
「くわねーケド食う。」
「意味わかんねーし。もー・・・・・・いーから渡せよ。」
「イヤダ。」
「オメーこんなにもらってるだろ。オレのなんか別にいらねーだろーが。はずみでやっちまったもンだし。ほら返せって。」

 なにそれ。俺に作ったんじゃねーんか。
 どあほうが、かごの中の紙袋を、ごそごそと探り出す。
 テメーのはその中には入ってねー。

「なんでそんなひでーこというわけ。」
「ああ?」
「なんでかえせとかいうわけ。」
「なんでって・・・・・・だって―――たくさんもらってるだろ」
「他のやつにもらったら、テメーはくれなくなるんか。」
「そういうわけじゃ・・・・・・」
「じゃぁ、オレがやらなかったから、テメーくれねーの。」
「いや・・・・・・そういうわけでも・・・・・・」
「おれがやらなかったから、きれーになったんか。」
「ちがうって!」
「じゃーかえさねー」
「――――――あんだよ」
 口をとがらせてそう言った後、無言になる。
 スーパーが見えてきた。
 まだちょびっと怒ってるのかもしれねー。
 でもチョコはかえさねー。

 このまま帰るんかなとおもった。
 でもチョコは絶対かえさねー。

「チョコかえさねー」
「わーったよ。その代わり大事にしやがれよ。」
「一生とっとく。」
「それは腐るだろー」
「むずかしーな」
 機嫌が直ったらしいどあほうは、それからいつもどおりスーパーに寄った。俺もついて行った。
 チョコを買おうとしたら笑いながら「もういいですから」と言われた。

 晩メシは、この日のためにしっかりねかせておいたというカレーだった。
 うまかった。
 帰り際に「おかーさんに3月にはちょっと早いですが、と言っておけよ。この白味噌、うめーんだ。」と、スーパーで買っていた味噌と飴玉を渡された。

 夜、あいつに言われた通りに言って、かーさんに渡したら、「おかーさん、やっぱり桜木君が大好き。」と、言ってきた。
それは見てれば分かる。

 だけど、オレの方がもっとすきだ。

おしまい

このお話を書いた年の2月14日は、水曜日だったんです。