緊張しながら脱衣所を出て、平静を装いながら部屋に入ると、「なにそれ」と流川が言ってきた。
「来た!」と、俺は思った。
先週、俺は職場の後輩からパンツをもらった。
「先輩、パンツいりませんか? 下着。友達の結婚式の二次会に行ったら、ビンゴで当たったんですけど、自分に全然似合わないんですよ」
「パンツに似合うも似合わねえもないだろ。穿いとけよ」
「いやそれがあるんですよ、ほんとに似合わないんです、精神的に」
「俺は自分ので間に合ってる」
なんだよ精神的に、って。そもそもそんなもんが当たるか? 怪しさしかない話だ。
「貰ってくださいよ。困ってるんですよ」と茶色の紙袋を渡そうとしてくる。
「いらねえよ、他あたれ」
「いや、他もちょっと。なんかもう色んな意味で先輩クラスの人じゃないと穿きこなせないんです。先輩って選ばれし者でしょ」
そう言われると悪い気がしない俺である。
「・・・・・・どんなんだよ、見せてみろよ」
後輩はきょろきょろと辺りを見回した後、前かがみになって紙袋の中から布っきれを取り出した。派手な赤い色の布っきれだった。手渡されて広げてみたら見たこともない形だった。前は小さい三角で、後ろは紐だけ。びっくりして俺は思わず手を離した。はらりと落ちたそれを「ちょっと!」と後輩が慌てて拾う。俺は衝撃のあまり固まってしまった。
「な、な、なっ」
「落とさないでくださいよ、まずいでしょ。職員室で」と言いながら赤い布っきれを袋に戻している。
「お前は、なんっつー破廉恥なモンを」
「だから、貰ったんですってば」
「俺いらねえ、そんな変なの、いらねえ!」
頑として受け付けないという態度で腕を組むと、後輩はフッと息を吐いた。
「もー、先輩ってば分かってないなあ。こういうのを穿くとカップルの絆はぐんと深まるんですよ」
「じゃあお前が穿いとけよ」
「いや、俺んとこはちょっと、こういうの穿くと引かれるって言うか……」
「お前のとこがそうなら俺んとこだって」
なにを自分だけ安全なところにいこうとしているんだ。
「何かセンパイなら大丈夫じゃないですか?」
「あほか」
「いやいや。だって俺の場合はなんかこう、普段がチャラチャラしてるから、やっぱりね感があるって言うんですかねえ」
自分で言っててどんな気持ちなんだろうな。
「でもセンパイだったらそんなことないじゃないですか。普段がピュアっていうか実直っていうか、硬派ですよね」
「うむ、そうだな」
「そういう人がこういうのを突然穿くとギャップでグワッとくる! と、思うんですよ。たぶん。流川さんも喜ぶと思うんだけどなあ」
「こんなものと一緒にあいつの名前を出すな」
注意すると、やれやれといった風に肩をすくめた。
「まったくもう先輩は」と、まるで俺が駄々をこねているような雰囲気を作ってきた。そして「何事も経験ですってば。はい、どうぞ」と渡してきた。「ね、大事な恋人のために」と言い添えて。
そして今に至る。
本当は穿かない気でいた。捨ててやろうと持って帰ったのだが、すぐに捨てなかったのは、心のどこかで流川はどういう反応を示すだろうと興味があったからだ。もしも流川が興奮するのなら穿いてみたいと思った。そういう気持ちが少しでもあるのなら、穿いておいた方がいいのではないか。悔いのないようにしたい。人生は一度きりしかない、色々なことをしておくべきだ。このパンツが俺のところに来たのも何かの縁だし、変なパンツを穿いたくらいで人は死なない。
「それ何」
「パンツだ」
「・・・・・・」
「ちょっとこういうのも着てみようかなと思って。新鮮だぞ、すーすーするってのかな。尻がすうすう、前はふんわり」
流川はしばらくソファにもたれて俺の股間を眺めていたが、少しして体を起こした。「チョット」と手招きされる。えらそうな態度にいつもなら頭にきているところだが、今日の俺は緊張していてそれどころじゃなかった。ドキドキしながら寄っていったら、腕をひいて目の前に立たされた。見つめられていると思ったら手が伸びてきて、腰のゴムのところを勢いよくパチンと弾いてきた。
「あっ! 何をする!」と前かがみになる。
「なんか、ヘンタイみてえ」と見上げてきた。
「なんだと!?」
「ヘンタイみてー」
「何でこんなの着てるんだ」と言ってまたゴムを触ろうとするので、「うるせえ!」とその手を払いのける。
ヘンタイって言われた!
全く期待していない反応だ!
もっと違う反応が良かった、もっとうっとりして欲しかった!
「クソぎつねっ!」と非難の声明を出して、寝間着を着ようと向きを変えると、「尻が丸見え」と聞こえてきた。慌てて両手で尻を隠す。前も後ろも隙だらけのパンツだ。くっそぉ、と流川を振り返ると、その目もまた「ヘンタイ」と言っていた。
恥ずかしい!
穿いても死ぬことはないと思ったが、確かに死にはしないが、死ぬほど恥ずかしい!
「俺が買ったんじゃないからな!」
叫んだ途端、流川の顔が険しくなった。
「じゃー何なんだ」
「え」
「なんで持ってんだ」
「も、貰ったんだ」
「誰に」
「え」
「見せたのか」
「え?」
「テメェ・・・・・・」
「見せてねえよ! お前以外の誰が俺のこんなもんを見るんだよ!」
俺を睨みながらゆらりと立ち上がって、恐ろしくなるくらいゆっくり近づいてきた。
「本当だぞ。今日初めて穿いた、ホントに、うん、ホント」
小さくなってまごつく俺である。
「余りモンでどうにもならないって言って後輩が寄越してきたんだ。捨てようとも思ったけど、もしかしたらこういうの穿いたらお前、喜ぶんじゃねえかなって思って、お前を喜ばせたくて穿いたんだ、結果的にお前は全く喜ばなかったけれども」
ゴニョゴニョやっていると、いきなり流川が寝間着のスウェットを脱ぎだした。
「今度はなんだよ」
「ヤるぞ」
「やるのか?」
そうなったら良いなと思って穿いたけど、この流れからそうなるとは思わなかった。
ポンポン脱いでいく流川に合わせるように俺もパンツを脱ごうとすると、「脱いだら意味ないんじゃねーの」と言ってきた。
「そうなんか?」
「そーだろ」
「じゃあ俺どうすんだよ」
「はいとけば。その変なの」
「変って言うな!」
抗議すると流川が小さく笑った。あ、可愛い。そのままキスが始まった。舌をあわせながら流川の手がパンツ越しに俺の股間を撫でてくる。流川の手があのハレンチなものを触っている。想像すると急に興奮してきた。普通のパンツじゃそんなことは思わない。そうか、こういう効果があるのか。息継ぎの合間に、流川が俺の下半身に視線を落とした。俺の前が赤い布をまとって突っ張っている。
「ほんとに、お前の言う通りヘンタイみたいだな」
声をかけると、長い腕を首に回してきてキスを再開させた。流川の股間に自分のそれを押し当てながら、締まった尻の手触りを楽しむ。んん、と悩ましい声を出した。流川もかなりその気だ。
ピッタリとくっつきながら寝室に移動して、二人でベッドに上る。あぐらをかいて、赤いパンツを横にずらして屹立したものを掴み出す。はっきり言ってパンツは邪魔だが、パンツありきの夜だから。最後まで脱がないぞと覚悟を決めた。
下唇を舐めながら流川が俺を跨いだ。支えになるように手を出すと指を絡めるようにして繋いできた。目を合わせながら、ゆっくり腰を下ろしていく。たまに俺の手を握る力が強くなって、きついのか小さな声を漏らす。興奮と期待と焦れったさでどうにかなりそうなのを俺は必死に堪えた。大方入りきった時、流川がハアッと短く息をついた。腰を撫でながら「動いて大丈夫か」と尋ねると頷いた。軽く揺するように動いていたら、流川も俺のリズムに合わせて腰を揺らし始めた。舌を絡ませながら抱き合う。部屋中に色んな音が響いている。
流川が一番喜ぶ言葉を耳元でささやくと、流川の体が震えた。
横たわらせてまじまじと眺める。流川はもう何もかもが蕩けきっていた。パンツから出ている自分のものを扱くと、流川が挑発するように足を広げた。覆いかぶさると全身で歓迎される。速くしたり遅くしたり、俺達は時間をかけてつながっているのを楽しんだ。始まりはめちゃくちゃだったが、最後は最高だった。流川といるといつもそうなのだ。
***
二度目の風呂に行く前に「おい。改めて、パンツどうだったよ」と尋ねると、流川は少し思案げにした。
「まーまーだった」
「また穿いたほうが良いか?」
「どっちでもいー」
「そーかよ」
もう穿かないかもしれないなあ・・・・・・それとも別のが良いかな、色違いで、青とか。って言うか、あんなのどこで売ってるんだ。
「どっちでもいーけど」と聞こえたので流川を見ると、渋い顔をしていた。
「絶対他のやつに見せるな」
流川の眉間の皺を指で伸ばしながら、「絶対お前にしか見せねえ」と俺は誓った。
おしまい
2020/10/11
2020年花流の日おめでとうございました。
2020年はパンツでお届けしました。
こんなの書いてしまって怒られませんように。。。