エースのお休み

 4月だというのに寒くて、その上、雨だった。粒の大きな雨が朝から降り続いている。今日は二人揃って休みだけど、二人揃って家にいた。
 俺は朝から家事仕事に精を出していた。誕生日に(流川から)もらった、(流川から)似合うと評判のエプロンを腰に巻き、排水口のぬめりをとったり、シンクの水垢を落としたり、換気扇の油汚れを拭ったりとテキパキ働いていた。掃除をすると良いことは綺麗になるところだ。ピカピカになった換気扇の羽根をはめてフィニッシュ。
「お見事桜木」
 自分の仕事ぶりに大満足だった。
 エプロンを外していると、どこかで寝ていた流川が現れた。目があったがそらされる。不機嫌そうにしている。今の今まで寝ていたくせに一体何の不満があるのだと言いたくなるような顔だ。実を言うと昨日、家に帰ってきた時からこうだった。ご機嫌がナナメなのだ。ケンカはしていないから原因は俺じゃない。となると残るはもうバスケしかないが、何も言わないから何もわからない。まあでも自分の家だしな。機嫌くらい好きなようにしたら良いのだ。

 機嫌の悪い流川はソファに腰を下ろし、テレビに向かって「何か」をした。「何か」の後、見慣れないチャンネルが画面に映る。流川は俺の知らない謎のチャンネルを出すことが出来るのだ。テレビと何かを何かでつなげているらしくて、それでこういう珍しいチャンネルを映すことが出来るらしい。前にどうやるのか聞いたがややこしくて忘れてしまった。普段はボンヤリしているくせに流行に敏いところもある、なかなか侮れない奴なのだ。

 間もなくバスケの試合が始まった。流川のチームのゲームだ。興味が湧いた俺は二つのグラスに茶を注ぎ一つを流川に渡してから、隣りで一緒に見始めた。
「これいつのゲームだ?」
「この前」
 殴りたくなるくらい舐めた返事だったが、先述の通り機嫌がすこぶる悪いのでそっとしておく。触らぬ神に祟りなし。
 見ているうちに、俺は一人の選手に目がいくようになっていた。流川の相手チームの奴だ。
「この5番やるな」
 小さな体の利点を活かしてちょこまかと、大きな体の奴らの嫌がるところを確実についている。
「あーあーこりゃもうお前らの負けだな」
 流川のチームは明らかにこの5番に翻弄されていた。
「うへえっ! あんなところから入れやがった! 恐るべし5番」
 画面が止まった。見ると、流川が俺を睨んでいた。
「なんだよ」
「褒めンな」
 思いがけない抗議だった。
「えー・・・・・・だってお前、どう見てもこの5番だろ? 動くし守るし点も・・・・・・これ何チャンネル?」
 どんどん悪くなる目つきに恐れをなして話題を変えてみたが、駄目だった。せっかく気をつけていたのに、機嫌を悪化させてしまった。
「続き見せろよ」と催促すると、「テメーは褒めるな」と釘を差される。
「分かったよ。褒めねえよ」
 疑うような目をしながら、流川がテレビにリモコンを向けた。
 試合再開だ。

 褒めないとは言ったものの、つい5番に目がいく。だって5番を起点にゲームが展開しているのだ。目が行ってしまうのはもう仕方のないことだった。
「下半身がすげえな」
 また言ってしまい、再び画面が止まった。
「誰が、とは言ってないだろ」
「言わなくても分かる」と口を尖らした。つまり流川も思っているということだ。
「しょうがねえって認めろよ。何者だよ。この5番すげえよ。動きがすごいし、とにかく肝が据わってる」
「・・・・・・俺だってすごい」
 そのセリフに俺は驚いた。
「何言ってんだ、お前の方がすごいに決まってるだろ」
 今度は流川が驚いた顔をしている。驚き合う俺達だった。
「え、お前、自分と比べてたのか?」
「・・・・・・」
 このマイペースが自分と誰かを比べるだなんて弱気になっている証拠だ。よほどこっぴどく負かされたに違いない。そうと分かれば俺の出番だ。
「言っとくが、お前の方が圧倒的に格上だ。俺クラスになると、それはもう秒で分かる」
「ほんとか」
 俺はしっかり頷いた。
「皆が無様にアタフタする中でも、お前だけはずっとブレてない。日々のトレーニングの賜物だ、練習バカだもんな」
 流川はなにか思案げな顔をした後に「もっと見ろ」と自ら進んでゲームを再開させた。
 今度こそ流川のプレイに注意を向けた。
「お前はどんな時でも崩れねえな」
「ああ」
 チームメイトがミスをしても落ち着いて声を掛けているし、相手から体当たりを食らってもびくともしない。何と言ってもキレイだ。ズルをしない。
「5番も分かってるから、お前にはいかない」
「ん」
「つまり、お前の方が勝ってるってことだ」
「な」と顔を見ると、甘えるように体を寄せてきたので、両手を広げて抱きとめる。 
 そうか。機嫌が悪いんじゃなくて、落ち込んでいたんだな。背中をさすってやりながら、ゲームを眺める。
「お前は勝ってるのになあ」
 でももう流川は自分だけの勝ちじゃ駄目なのだ。ある時から流川はチームの勝利を優先するようになった。流川がチームのために動くとチームはもっと強くなる。「お前がそこまでやるなら」とチームが発奮するのだ。流川の静かなる闘志は皆を奮起させる。俺も何度も味わったから、よく知っている。

「お前がいたら大丈夫だ」
 顔をあげてきた。
「信じろ。俺はいつもホントのことしか言わねえ」
「・・・・・・この前ウソついた」
 先日のエイプリールフールの時のことを言っているのだ。4月1日に「俺の誕生日、ホントは今日じゃなくて明日なんだ」とやったのだ。めちゃめちゃ怒られた。冗談だとバラす前もバラした後も、どっちもめちゃめちゃ怒られた。
「あれはジョークだろ。桜木ジョーク」
「どあほー」
 いつものセリフが返ってきた。
「元気になったか?」と尋ねると、「もうちょっと」と擦り寄ってきたので、俺も腕に力を込めた。俺の気持ちが流川の力になるように願いながら。

 


おしまい
 



2020/04/29