じゅんばんこの始まり

「いい加減にしろっ! いつもいつでもケンカしやがって! よそのチームが来てもお構いなしで! なに考えてんだっ!」

 リョーチンがのどちんこが見えそうなくらい口をあけて怒っている。
 練習試合の反省会後みんなはすぐに解散したのに、俺と流川だけ部室に呼び出された。ミッチーもなぜか付いてきた。冷やかしの類だ。キャプテンになってからというものリョーチンの教育的指導は日に日に熱を帯びていて困ったものだ。しょっちゅうぷりぷり怒っているのだ。

「相手チームの選手・監督・マネージャーの目! 俺はもう恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたかったぞ!」
「そんなの気にするなよ。俺はリョーチンの味方だぞ」
「何の同情だ! ばか花道!」
「本当にお前はとんでもねえおおばか者だよ桜木」

 ミッチーがリョーチンの後ろから合いの手を入れてきた。
 一人だけ足を組んでふんぞり返って座ってやがる。あの態度のほうがよっぽど問題ありだと思うけどな。

「流川! お前もなんか言ってみろ」

 俺の隣に立たされていた流川に矛先が向かった。
 リョーチンのいいところは俺と同じだけ流川の事も怒るところだ。怒りんぼだけど公平なのは好ましい。俺もキャプテンになったら見習おう。流川みたいなのがもう一人入ってこないとも限らねえしな。後輩を平等に扱う稀代の名キャプテンになるぞ。

「花道、聞いてんのかお前は。今、俺はお前らのことを話してるんだぞ」
「聞いてるって。でもよおこればっかりはどうにもならねえぞ。ここにいるこれはな、キツネなんだ。人間の姿をしているように見えるがキツネなんだよ。仲良くするなんて土台無理な話だよ。だってキツネと人だ。種類が違うんだし」
「さーる」

 キッと睨みつけるとキツネ流川は明後日の方に視線をやった。左の頬が腫れていた。さっき俺がやったやつだ。その前に俺は腹を思いっきりやられた。

「純粋に興味があるんだけど、なんでそんなにケンカするんだ。ちょっと聞かせろや。なんかこう、あるのか? ポイントみてえなもんが」

 肉じゃがの作り方でも聞くかのような軽々しさでミッチーが尋ねてきた。

「見るとむかつくんだよ」
「いやだから、具体的に流川の何がむかつくんだよ」
「ちょっと三井さん、それ本人の前でやるわけ?」
「こいつらの場合イマサラだろ。この際聞いてみようぜ?」

 不平不満をぶちまける大会ってやつか!

「ミッチーもたまには良いこと言うな!」

 よし言ってやる!
 喜んで!

「まずムカッと来るのはボーっとしてるとこだ。ボーっとして他人の話すこととか全然聞いてねえだろ。そこ、腹立つ。そのくせ自分勝手で、良いとこいっつも持ってくじゃねえか。一人だけ目立とうとして、ダンクまでかましやがって。しかも俺を踏み台にして。自分のために他人を足蹴にする、そういう根性が気にくわない。性根が悪いんだこいつは! それにいっつもキャアキャア言われてるのもすっげえ邪魔だ。こいつのせいで笛の音が聞こえねえし、そのせいで俺はファウルくらうし、挙句試合出られなくなるし。それなのに元凶のキツネはしれっとバスケ続けて、ダンクまでして、オヤジにほおっとか言われて……あったま来るぜ! あったま来るぜ!!」

 言ってやった!
 ハアハア言いながらリョーチンとミッチーを見たら、二人は真夏の太陽を見た時のような顔をしていた。

「思ったよりひどいな……」
「だろ!?」
「流川じゃなくておまえだよ」とミッチーが顔をしかめる。
「今のお前のセリフをお前自身に聞かせてやりてえよ。俺情けない」リョーチンが両手で顔を覆った。

 急に完全アウェイの雰囲気になってしまった。

「よし、次は流川だ。お前も言ってみろ桜木のむかつきポイント」

 えっ! 俺のもあるのか?

「お前もこいつにはいっぱい言いてえことあるだろ? 言ってみろ。桜木の悪口。言いたいだけ言ってしまえ」
「…………別にないっす」

 これは意外なセリフだった。

「はあ? いやいや、ないわけねえだろ。そんだけケンカしておいて。遠慮するな。俺だってあるんだから! こんなに生意気なんだぞ!? 一個くらいあるだろ? ないわけがねえよ!」

ミッチーが地味にいやなことを言っている。

「ほら言え。こういうのは出した方が良いんだ。出してすっきりしろ。な?」
「……」

 そこからしばし流川の返事を待つ間が訪れた。
 流川の俺に対する不満を吐き出すための間だ。
 どういう間だよ。
 何でそんなのを俺がおとなしく待っていなきゃならんのだ。ばからしくなって部室を出ようとしたとき、「っていうか」と小さく聞こえた。
「ん?」
ミッチーとリョーチンがそろって流川のセリフを拾うために、体を前に乗り出しだ。

「キョーミねーっす」

「こいつに」と右の親指を向けられた。

「どーでもいいっていうか」

 カッと頭に血が上り、俺は流川に掴みかかっていた。

「ストーーーップ! 花道!」

 すかさずリョーチンが俺たちに割って入ってきた。

「だってリョーチン! 聞いたかよ今の!」
「お前だっていっぱい流川の悪口言っただろ」

 ぐっと詰まる。
 確かに言った。
 俺はいっぱい言った。

「言ったけど!」
「じゃああいこだろ」
「でも、こいつのほうがひどい!」
「根が深いよなあ」

 ミッチーの声にリョーチンが振り返る。

「何のんきなこと言ってんの。責任取ってくださいよ。三井サンのせいで二人の溝がさらに深まったじゃないですか」
「いや思いの外、矢印の向きが違うことに驚いた。もうちょっと激しく対立していると思ったんだよ」

 俺もそう思ってた。俺もこいつも同じだけ激しくむかつきあっていると思っていたのに、蓋を開けてみれば俺のひとり相撲……。
 っていうか、興味ねえとか人に言って良いセリフか?
 だめだろ。
 あんまりだろ。

「お前って本当に桜木のこと眼中にねえんだな」
「そーっす」

 またぐさっと来る。

「俺だってない! 全然こいつのことなんて眼中にない。っていうか今だって隣の奴って誰だろうなと思いながら」
「はいはい。わーったわーった」
「なあ流川、花道にもいいとこあるんだぞ? 確かに口は悪いしお前に突っかかってばっかりかもしれねえけど、いいとこも沢山あるんだぞ?」

 傷ついた心にリョーチンの温かいセリフが響く。

「どーでもいーっす」

 リョーチンの手が頭に伸びてきて、そのまま「よしよし」と慰められた。

「もー行ってもいいっすか」

 無表情のまま流川がミッチーに退室の許可を乞うた。

「ああいいぞ。その代わり流川、おまえ桜木とあれしろよあれ」

 あれ?
 全員の顔にハテナマークが浮かんだ。

「あれってなんだよ」
「あれはあれだよ」
「分かんない。三井さん全然分かんない。なにそれ」
「あれって言ったらあれに決まってるだろーが。書くやつだ」
「……なんスか」
「あの、コウカンだ! コウカン日記! 流川と桜木で交換日記をしろ」

 呆気にとられている俺の隣で、流川がすぐに「ばからし」と言って向きを変えた。

「もっと強くなりたくねえか?」

 ミッチーのセリフに流川が立ち止まる。
 訝しげに眉を寄せてミッチーを振り返る。ここに来て初めて表情を変えた。

「俺らのチームをもっと強くしたくないか?」
「そりゃ、」
「だろ? お前だって分かってるはずだぞこのままじゃだめだって」

 流川が黙りこんだ。

「騙されたと思って、俺の言うとおりにしてみろ」

 見極めようとする流川の強い視線を、ミッチーは余裕を持って受け止めた。

「……っす」

 流川が頷いた。
 え、やんの?
 ってか俺の意思は?

「お、俺はやんねえぞ!? 絶対いやだそんなの!」

 猛烈に反対するとミッチーの目が俺に向けられた。

「桜木は良い日記を書きそうだ」
「あ?」
「お前の日記ってなんか面白そうだよな。躍動感ある手に汗握るような日記書きそうだよ、お前」
「そう……かあ?」

 日記なんてつけたことねえから、わかんねえ。

「普段の言動から見て思うよ。お前の日記はおもしろそうだ。流川にも書き方を教えてやれよ。な?」
「……まあ、いいけど」

 流川に教えてやるというのは気に入った。

「それでたまに俺にも読ませてくれな」
「ああ」
「俺にも見せてな、花道」

 ニコニコ顔のリョーチンを見て俺は嬉しくなった。

「承知した! 仕方ねえな!」

 かくして俺と流川の交換日記が始まることになったのだ。