昼飯を食い終わった後、「ミッチーに用がある」と花道が言いだした。
「何の用があるんだ」と聞くと、「それは顔を見てから決める」と言うので、 「それは面白そうだ」ということで、ついていくことにした。
背中をまあるくしながら歩く花道に「ミッチーのクラスは知っているのか」と尋ねると、 「おう!3組だ」とはじけるように応える。
怪しい。
そんなはっきり正解を答える花道なんてありえない。
「ホントかよ」と言うと「だって三井だぜ?」という花道。
どうやったらそんなテキトーがいえるんだろうなあと考えていたら、後ろから花道を呼びとめる太い声がした。 振り向けば、ずいぶんといかついのが立っていた。たぶんセンコーだな。
どうすっかなと花道の様子を伺うと、さっきまでがうそのように花道の顔から表情が消えていた。
置いていくのはまずいと分かる。こういうときの花道は、まずい、気がする。
「なんだ。お前は行け」
言われるが、「桜木クンに用があるんで」といってその場にとどまった。 じろっと睨まれるが、そんなんじゃひるまねえ。
それからなんかテストとか授業態度についての長い説教が始まった。
説教と呼ぶにはあまりにお粗末な内容のものだったけどな。
しかし。
普通こんなにおおっぴらに説教ってするもんか?
いまは休憩で、休憩時間ってのはのんきに過ごすべき時間なんじゃねーのか。
花道がまたびっくりするほど反応を示さないから、白熱しちまうんだろうな。 どんどんでかい声になっていって、成績の話を逸脱して 髪の色がどうだとか目つきがどうだとかそんな話になった頃には、すっかり周りに人だかりができていた。
さらし者にしやがって。
舌打ちをして、物見高い暇なヤツらを威嚇する。
「お前は!きいとんのか!」
よそ見していた一瞬を突かれたように、いきなり持っていたノートで思いっきりセンコーが花道の頭を殴りやがった。
「おいコラ」
オレの沸点の低さには定評ありだ。
1歩前に出た俺を、しかし花道が横にずれて肩で制止する。
なんだよ花道、こいつが悪いだろ。
「なんだおまえは」
なんだじゃねえよ。そっちがなんだよ。
アタマん中が真っ赤で染まる瞬間だった。
「なにかありましたか。」
人だかりを割ってゴリが現れた。
花道をちらっと見て、それからオレを見た。目をあわしたくなくてそっぽを向いたオレの耳に、 ゴリがはいたのであろうため息が聞こえる。
オレらは悪くねーよ。
「なにか、ありましたでしょうか。」
「ああ、こいつがな。成績はひどいわ、授業中は寝てばっかりで。」
「それは・・すみません」
成績優秀なゴリが、出来の悪い後輩のために頭を下げる。
「お前も謝らんか」と花道の頭を抑えながら、再度頭を下げる。花道は、されるがままだ。素直でやんの。
それに調子づいたセンコーが「頭は悪いわ、髪は赤いわ、目つきは悪いわ」と更に続けて、オレの方もちらっと見る。
ンだよ。自慢の髪だぞ。
「お言葉ですが。成績の悪さには髪の色は関係ありません」
「あ?」
我が耳を疑ったのはオレも同様だ。
ゴリ、なんて言った?
「髪の色は成績には関係ないと言いました。 関連性はありますか。関連性がありましたら、自分も一緒に謝りますが。」
「・・・」
「ありますか」
ゴリの質問には何も答えず、そのかわりに花道にわざと肩をぶつけて、センコーはその場を去って行った。
いつもならそのあんまりな態度に何かひとこと言うところだが、今はそれより・・
「すげえな。ハハハ。言い負かしたっ」
「勝負をしとるわけじゃない。どこで目立っとんのだおまえらは。」
言われてよくよくあたりを見回してみると、なるほどもうここは3年の廊下だったんか。
どうりで見たことのないやつばっかだとおもった。
おまえらさっきから遠慮なくじろじろ見やがって。
「ガウッ」と吼えてやると「やめんか」と頭を抑えこまれる。
へへへ、でもおかげでようやく散らばった。
得意になって花道を見ると、しかし花道はあの顔のままで。なんだよ花道もう終わったぞ。
思わずゴリを見る。
ああ、らしくもなく、オレは今すがるような目をしてはいなかったか。
なんだよこのおっさん、やっぱすげえよ。
「桜木、どうした。舌を引っこ抜かれたか」
視線だけを下ろして、からかいを含んだ声でゴリがゆっくりと尋ねる。でも花道は黙ったままで。
その様子に少し笑って「部活もそれくらい静かだといいんだがなあ」と言いながら、花道の頭の上にぽんと手を置いた。
でっかいんだよなぁ。
「・・って」
何か言った花道に近寄り、聞き逃すまいと必死になって耳を寄せる。
「なに?花道、なんて?」
「人を見れば赤い赤い言いやがって。赤がそんなに悪いかよ。ポストだって赤じゃねえか!」
花道の叫びに、ゴリもオレも吹き出す。
「なっ!笑うな!お前だって黄色だろ!」
言いながら真っ赤な顔してつかみかかってくる。
「んだよ!俺はいいんだよ!このポスト頭!」
「ヒヨコ!」
「やーめーんーか」
掴み合った俺と花道の首根っこをゴリが両手でそれぞれつかむ。
へへへ。
「・・ゴリも・・ゴリも赤はだめかよ。」
ゴリに首根っこをつかませたままで。拗ねた子どもみたいに唇を尖らせ、そんなことを尋ねる花道のその様子で。
花道が、あの花道が、もうどれほどゴリに心を預けているのかが伝わってくる。
「いや、赤はわりと好きな色だぞ。」
「そうか?」
「ああ、なんと言ってもポストの色だ」
「ぬおーっ」と獣のように、そして今更のように叫び出した花道の頭に「やかましい」とひとつゲンコツを食らわして、それから ゴリは笑った。ふっと笑って、それでその顔のまま教室に戻って行った。
かなわねーよ。
とてもじゃねえけどかなわねえよ。
ゴリって人の強さについてよく考えます。
先生と同じところできちんとものが言える強さってもんを思います。
洋平の強さとは違うとおもいます。
2008/09/30
2010/06一部改訂