涼しい顔をして走ってやがるが流川はとにかく速くて7組よりも体ひとつ先に出たかと思ったら、あっという間に差を広げていった。
ギャラリーたちの声援にも熱が入りやんややんやの大騒ぎだ。泣き出す女子まで出る始末。
走る流川がどんどんどんどん近づいてきて、俺と目が合った。
俺は頷いた。
いいぞその調子だ。
そして流川のバトンを持つ手が動いたとき、その時、俺の隣にいた湘北の星が動いた。
うっかりしていた!
流川のバトンは俺にじゃなくて湘北の星に手渡されるのだ!
その通り流川の手から湘北の星にバトンが手渡された。
その瞬間ブチッと頭のどこかが切れた。
「ダアァァァァーーーーッ!早くよこさんかあああーーーー!!」
俺の叫び声に驚いたらしい俺のクラスの走者のスピードが一気に上がった。
はじめからその速さで走らんか!
やっとのことでバトンが手渡され、俺の出番。
勝負!
「いっけえー!花道!!」
洋平たちヤローどもの野太い声援が聞こえる。もう少し何とかならんのか。
対する湘北の星には女子の人たちのきゃあきゃあという声援が注がれる。やはりいやな奴。
前を走っていた湘北の星が俺を振り返ってきて、ニッと笑った。
それを見て俺の頭が再び沸騰した。絶対倒す!!
そこからはよく覚えていない。
前を走る背中を見つめてただただ走った。
どんどん自分が速くなっているのがわかる。
・・・一緒に走ってみて分かったが湘北の星は本当にすごかった。
なんというか、まがいモンじゃない。
芯からすごい奴というのは自分だけに収まらない何かを持っている。
周りの人間も引きずり上げるパワーを持っているのだ。
こいつもそれを持っていた。
一緒に走っているだけで俺の中に何かがどんどん生まれてくる。
流川が言っていたことは本当だ。
「湘北の星」の名は伊達じゃない。
こいつは本物だ。
だが悪いが、俺も本物。
お前には負けんっ!
そう念じた瞬間、俺はさらに速くなった。
このままいけば、抜ける。
俺はそう確信した。
ゴールまで数メートルというところで俺は追いつき、並んだ。
そして本当におれは抜いた。
「ワーーーーー!!」っという歓声と共にオレは堂々ゴールした。
はずだったが・・・
「アンカーは一周だ!ばかやろーーーー!」
なんだとっ!?
振り向くと湘北の星は走り続けていてコーナーを曲がるところだった。
「はやくはしれぇえ!ばかやろぉぉー」
混乱のあまりまったく体が動かない。
どうなってるんだ。
皆が一様に大きく口を開けておれに何事か叫んできているが、耳に入ってこん!
これはいったいどういうことだ!
頭がパニックになったその時、
「走れっ!」
流川の声が聞こえた。
実際に流川の声だったのかはわからないが、しかしその声で弾けるようにおれの体は再び動き出した。
そのまま死ぬ気で再び湘北の星を追いかけた。
しかし、ついぞ追いつくことはなかった。
俺は、湘北の星に負けたのである・・・。
「ブーブー」
授業が終わったあと俺はとぼとぼとグラウンドを歩いていた。非難と好奇の目にさらされながら・・・。
「まぬけーっ!」
「あかあたまっ!」
前から後ろからとブーイングが飛んでくる。やりきれん。言い返す気にもならん。惨めである。
ブーイングと同時に嘲笑もあるからまた耐えられん。いつもなら頭突きのひとつでも食らわしてやるところだが、その気もおきん。
隣りを歩く洋平も嘲笑組の一人で、さきほどから涙を流しながら俺を嘲り笑っている。
「おまえは!ほんとに!わははははは」
「笑うな馬鹿者めが。」
「だって!あははははは!あーおかしい。あーおかしい!!おまえはっ!ほんっと!スケールが違う!あきねえよワハハハ!」
「笑うな!」
「アハハハハハハ・・・はあー・・・やっぱり人の話はちゃんときいとかねえと、なあー・・・・・・・ブハッ!アハハハハ」
エンドレスか!
「もうしらんっ!」
薄情な洋平を捨て置き、とぼとぼ歩きを再開すると途中から俺に合わせて歩く足が目に入ってきた。
顔をあげなくても誰だかわかる。流川の足だ。
恥ずかしいし情けないしで顔が見れない。こんな無様な姿こいつに見られたくなかった。
合同授業なんて二度とごめんだ。
しかし。流川はわざわざ隣りに来て歩いているくせになぜか何も言ってこなかった。
「キツネだろーが。黙ってないで笑いたければとっとと笑え」
「べつに」
「べつにってなんだよ。」
「・・・べつに」
「言いたいことあるんじゃねえのか」
憎たらしいキツネのことだ。いやみのひとつでも言いに来たに決まっている。と思うのに、「べつに」しか言ってこない。
「チェッ!べつにばっかり言いやがって。別にじゃねえだろ、無様とののしりに来たんだろーが!」
「オレは」
「なんだよ」
「けっこー良かったと思うけど」
「えっ」
どこが?
っていうか、なにが?
「・・テメー、あいつを抜いたろ?」
「あ」
そういえば俺は湘北の星を一度追い越した。
一周走らなけりゃならないところを半周と誤解してゴールしてそのドタバタのせいで忘れてたけど、そういえば俺・・・
「俺、追い越したよな!」
「ああ」
ゆっくりしっかり流川が頷いた。
「オレ勝ってたな!」
「そのあとヘマしたけどな」
ぐっ。
「でも抜かしたのは、すごかったんじゃねーの」
どん底まで落ちていた俺の気分がその一言で動き出す。
「・・・でもさっきから非難の嵐だ」
しかし完全には浮上できず弱音を少しはいてしまった。
「ほっとけ」
「でもよー」
「あいつのすごさは一緒に走った奴じゃねーとわからねー」
そうか。お前も走ったんだよな。お前もアイツのすごさ、肌で感じたんだよな。
自分と同じものを感じた人間がいるというのがこんなにありがたく頼もしいだなんて知らなかった。
「・・・おれ、良かったか?」
「わりと」
テンションがマックスまであがりきった。
流川の一言は本当にでかい。
先ほどまでの陰鬱な気持ちは一気に吹き飛んだ。
「・・・・フッフッフ」
喜びと自信が体の底からふつふつと沸いてきて、体中に満ち満ちていく。
急に笑い出した俺を怪訝な顔で流川が見つめてくるが、笑いは止まらない。
「ハッハッハッハッハ」
「ウルセー」
キツネが肘鉄を食らわしてくるがぜんぜん痛くない。
相変わらず周囲から飛んでくる嘲りと冷やかしの視線も、今では賞賛と羨望のまなざしに思えてくる。
「ワッハッハッハッハッハ」
流川に小突かれながらも延々笑い続けていると、前を歩いていた背の高い男が立ち止まり振り返ってきた。
「あっ!お前は!」
湘北の星だった。
湘北の星は俺と流川を交互に眺めたあと、自分を指差しながら「湘北の星」と言った。
「・・・上等だ」
俺と流川は同時に言った。
次は絶対に負けん。
湘北の星の名はいずれ俺の通称にしてみせる。
待っておれ。
おしまい
ありえないくらい花道がお間抜けになってしまったので、怒られるのではなかろうか。
間抜けにしてすみません、わたしは好きなんですけど。
同じものを見つめるっていうお話が書いてみたかったんです。
基本ライバルだけど、
二年生になるんだから、味方であることも自覚してほしいな、はなみっちゃん。
みたいなことを書いてみたかったんです。
でもこの話のサブタイトルは「人のふり見て我がふり直せ」です。
この湘北の星のモデル誰かわかってもらえましたかねえ。
長いのってやっぱ書いてると面白いです。
大変だったけど。
でも書けて良かったです。
おつきあいありがとうございまくりました。
2012/02/03