湘北の星②

 グラウンドの中央に集合させられ体育教師が何かの説明をしていたが、俺はその間中、湘北の星などというふざけた二つ名を持つ男を観察していた。湘北の星は背がなかなかに高い奴で後ろから二番目だった。もちろんその後ろには流川だ。流川のほうが大きいのだ。みたか!という思いだ。
教師の話が終わり、列が広がり準備体操が始まった。体操している間中も、やはりおれは湘北の星を観察した。体操がなかなかにうまく、堂々とピンしゃんとしていて少し焦った。
しかし10組にあんな男がいただなんて知らなかった。
斜め後ろの角度からしか見えねえがなんか甘ったるいツラしてやがる。流川の方がしゅっとした顔だ。
流川と並んでスターだと?
湘北の星だと?
それだとあいつが湘北代表ってことになるじゃねえか!
なんで湘北の代表が陸上部から選ばれるんだ。俺は、納得いかねえ。
これはバスケ部と陸上部の戦いだ。負けてられねえぞ。10組バスケ部は流川のような貧弱かつ軟弱かつぼんやりが代表だから仕方がないかもしれないが、桜木さま擁する7組が加わったからにはそうはいかねえ。湘北の星の名は返上していただく。湘北の星の名はバスケ部から選ばせていただく!っていうか俺が湘北の星だ!
俺はメラメラと燃えていた。

体操が終わって列がばらけて皆が散り散りに動き出した。星の野郎の観察に夢中になってしまい何するのか聞いてなかった。洋平を見つけて「今からなにすんだ?」と聞くと、「100メートルのタイムを計るんだよ」と教えてくれた。7組と10組、背の順からふたりずつ走ってタイムを計るらしい。

タイムを計るためにできはじめ列に並び始めると前にいたクラスの奴が「はなみっちゃん、足、早そうだよね」と言ってきた。
「おう、早いぞ。」
「どれくらい?」
「例えるなら風」
そう言うと隣にいた洋平が吹き出した。
「そうじゃなくてタイムを教えてよー」
・・・そういうのはよく知らない俺だった。
「風にそういうものはない」
と言うと、洋平が「こいつは12秒台は確実だよ」と答えた。
「すげえ!ほんとに風じゃん」と目を丸くして言われて、気分がよくなる。
「速いか?」
「速いよ!」
そうかそうか。やはり俺は数値的にも速いらしい。やはりな!
「でもさ、湘北の星は11秒台らしいよ」
11秒!?
「洋平!俺は11秒じゃないのかっ!?」
「うーん・・・11秒のお前はまだ見たことないな。でも死ぬ気で目指したらいくかもしれないな」
「死ぬ気でっ!」
「ああ。お前ってなにしでかすかわからないところがあるから。死ぬ気で走ったらもしかしたら湘北の星を倒すかもしれないよな」
「たしかに」
ふたりにそういわれて、俺のテンションが一気に上がる。俄然やる気になってきた。
「まあがんばれや」といって洋平は自分の順番のところに戻っていった。
目指せ11秒か、いいな。目標ができるのは嫌いじゃない。むしろ好きだ!

敵を確認すべく後方にいる10組の列を見ると、流川と一瞬目があったが、すぐそれた。流川の隣に湘北の星がいた。なるほど流川はアイツと直接対決するのか。
大丈夫かキツネは・・あいつにこの戦いを預けて大丈夫なのかと不安になる俺だった。現に、キツネにまったく緊張感がない。うちの家のコタツに入ってるときと同じ完全脱力状態だ。あいつはこの戦いの意味をまったく理解していないとみた。あのばか。ひとつ、喝を入れてやらねばならんな。
喝を入れるべく俺は7組の列を抜けだしこっそり流川に近づいた。
「おい!おい流川!」
周りの、特に流川の隣にいる湘北の星に聞こえないように、ヒソヒソ声で流川に話しかけると、流川は驚いたらしくぎょっとした顔で俺を見てきた。
「なにやってんだ」
「お前、これから走るんだぞ。」
「テメーもだろーが。戻れよドアホー」
カーッ!にくったらしい!
「そうだけど!お前も走るんだぞ!?」
「しってるし」
「いや、わかってねえ。お前、湘北の星って呼ばれる奴と走るんだぞ」
と言うと流川は隣をチラッと見て「だから?」と言ってきた。
「いやだから!いいか?これは勝負なんだぞ?バスケ部対陸上部の勝負だ。お前がアイツを負かさねえと俺らバスケ部が陸上部に負けるってことになるんだよ」
途中までどーでもよさそうな顔をして聞いていたが、「負ける」という言葉に反応したらしくそこから流川の目の色がかわった。
「負けていいのか?」
「ぜってーやだ」
さすがだ。それでこそ流川だ。
「そうだろうそうだろう。だからお前、死ぬ気で走れよ。おめえ足だけは速いんだからな。それは俺も認めてる。まあ俺ほどではないけれど」
「テメーより俺のほうが速い」
「いや、俺のほうが速い」
「俺ンが速い」
「ばか!俺らの間で勝負するんじゃねえよ。今はバスケ部対陸上部の対決だ!いいか、ぜってえ負けるんじゃねえぞ!死ぬ気で走れよ!?勝つんだぞ!」
「・・・・・・俺のこと応援すんのか」
「あたりまえだろ」
そいうとちょっとびっくりするくらい流川が嬉しそうな顔をした。好物を作ってやったときとは比べ物にならない、ものすごい嬉しそうな顔で、俺は面食らった。なぜそんな顔をしたのかさっぱりわからん。
「な、何が嬉しいんだ」というと流川はうつむいた。しかし俺の手の甲をかりっと引っ掻いてきた。なんかとにかく嬉しいんだというのはわかるがなぜかはわからない。わからないけれどもえらく可愛く見えた。不覚にもぎゅっとしたくなってしまったが、公衆の面前でとんでもないことだ。自分の顔が赤くなっていくのがわかったがそんな場合ではない。いかんいかんと頭を振る。前を見ると、そろそろ俺が走る順番がきていた。キョロキョロあたりを見渡して誰も見ていないことを確認してから流川の手をぎゅっと握る。恥ずかしくて目は見れなかったが、「とにかく11秒だぞ!」びしっと宣言して俺は自分の列に戻った。

自分の番が来て、俺は少し緊張しながらも真剣に走ったが、タイムは12秒といくらかだった。
11秒の壁はなかなかだ。
しかしそれでも走り終わった後、いろんな奴が俺の元にやってきて、「速い」「速い」ともてはやしてきた。
洋平も「速いなー」と言っていた。
それから10組の奴らも走り始めた。


>>湘北の星3

2012/01/18