「塩が足りない。」
合宿の朝練の途中にそれを聞かされ、俺にはことの重大さがすぐに分かった。
塩がないとむすびが作れない。
なにはなくとも塩だ。
急いで塩を買いに行かねばならない。
合宿所から近くの商店までは少し距離があるため、「彩ちゃんはダメ!」とリョーチン。
ゴリとメガネ君は揃って練習試合の申し込みに行って留守だ。 こういう時、いばりんぼになるのは・・・
「よーしじゃあふたりなー。ジャンケンに負けたやつ二人が行くんだぞー」
ミッチーだ。
「いや、なに他人事っぽくいってんの。あんたもジャンケン、加わるんだよ。」
即座にリョーチンが突っ込み、いつものくだらない言い争いが始まる。
「オレは3年だぞ?こういうのは後輩が行くもんだ!」
「わー・・・すごくいやなかんじ。えばりんぼ」
「オレは3年だからえばっていいんだ!」
「3年3年て、オレだって来年は3年ですけど!?」
「あほかっ!今は2年だろ!」
やれやれ。どうしてあの凸凹はああもでこぼこなんだろう。
とっとと済ましてしまおうぜ。
あーしかし、暑い。
ふうっと息をついて、腕で汗をぬぐおうとすると、流川がタオルをよこしてきた。礼の代わりに「おう」と言うと、流川は視線を合わせず小さい頷きだけを返してきた。流川の首筋に汗が一筋つうっと流れるのを見て「こいつとふたりっきりになりたいなあ」と思った。こいつとふたりきりなら買いだし行っても良いけどな・・・。
「あの言い合い決着つかないよ。つくわけがない」
「ただでさえ暑いのに・・暑苦しい。」
「めんどくさいなあ。僕ら一年がいくことにしない?」
「面倒は済ませたいよね」
1年トリオがぼそぼそと相談を始めた。
「1年の誰かが行くって事で、桜木君たちも良いかな?」
振られて、「おうよ」と軽く返す。
今日に限っては異存なし。
「あ、僕ら1年が行きますから!」
「なに?」
「いや、僕ら1年のうちの誰かが行ってきますよ。先輩達は休んでいてくださいよ。」
「なんというできた1年!2年の誰かさんも見習えよ!」
あてつけのようにミッチーが叫び、リョーチンがまた言い返す。 再び凸凹の言い争いが始まったが、あれはもうしらん!とシャットアウトして、俺らは円陣を組む。 さて誰が行くか。
「相撲でもとるか?勝った二人が行けばいいだろう。」
俺の提案に怪訝そうな顔をクワガタが寄越す。
「ジャンケンにしよう。」
「じゃあジャンケンしてグウとパアで分かれてさ、2人になったほうが行くことにしない?」
「桑田ー、さえてるなあ」
なるほど。ルールは理解した。
グウかパアを出せばいいんだな?
チラッと流川を見ると、目があった。
ふたりっきりになりたい。
その目で流川も同じ気持ちと分かる。
よし、一緒に行こう!
流川は常にパアを出す。
ばかのひとつ覚えみたいにパアしか出さない。ジャンケンに対してやる気がないからいつもだらんとパアしか出さないんだろうと思う。以前、それを指摘したことがある。「パーだからパアしかださねえんだろ!」と。言い方が悪かったらしく、そのあと大喧嘩になったが・・・。よもやこんな形で、あのいさかいが活かされることになろうとはな!よし、流川よ、俺たちはパーだなっ!!
「グッパで分かれましょ!」
「パアァァーッ!」
っと叫んで、流川の手を見ると、しかし流川はグウを出していた。
結局、グウを出した流川とめがねの1年が行くことになった。
「道分かる?これが地図だから。ここが現在地よ?何かあったら電話番号は」
彩子さんが必死で説明をしている。
流川は、あれは聞いちゃあいねえ。命綱は、めがねだな。
俺が一緒に行くはずだったのに。
流川の背中を見つめながら、「なんで今日に限ってグウを出しやがったんだ」と思った。目があったとき、あの目は確かに「一緒に行きたい」と言っていたはずだ。あの目はなんだったんだ。なんだよ。おもわせぶりなことしやがって!考えれば考えるほどに頭にきた。
「ドンカンギツネッ!」
旅立つ流川をどついてやった。
どつかれた流川はものすごい形相で睨んできて「こっちのセリフだ」とケツを思いっきり蹴ってきた。
小 学 生。
2009/05/17
2015・01・28改