今回は、柄付きブラシのブラシの部分だ。
どうしてそんなに力込めて掃除する必要があるのか、 うちの便器のどこにそんなにひどい汚れがあったのだとぶつくさ言いながら、 オレは狭いトイレに立て篭もって、さきほどから、詰まった物を取り出そうと悪戦苦闘だ。
流川のヤローはといえば、後ろから熱心に俺の手もとを覗きこんでいる。
たまに「とれるか」と聞いてくる。
なんだそのわくわくした声は。
「これがとれたら、新しいの買いに行くぞ。」
「鉄製にしねえ?」
便器ごと壊す気か。
ブブブ ブブブ
突然、この場には不似合い音が背後から聞こえてきた。
ブブブ ブブブ
流川のケータイだ。
ブブブ ブブブ
ブブブ ブブブ
ブブブ ブ
「だぁっ!もうっ!さっさと出ろ!!」
「おれがやる?」
ちょっと嬉しそうな顔して問うてくる。
「ちっげーよ。これのことじゃなくて、ケータイ!お前、ケータイ鳴ってるだろーが」
怪訝な顔をしてケツに手をあてて、ようやく震えていることに気付く。
なんできづかねーんだ・・。
「きれた」
はぁ・・・。
「誰からだよ。」
「わからねー」
「かけ直せって」
「べつにいー」
「いかねーだろ。かけ直せよ。着信履歴ってやつを見ればいいんだろうが。オカーサンからかもしれねーだろ?」
そしてそれ以外に考えられない。
「やり方わからねー」
手を便器に突っ込んだまま、顔を振ってケータイを俺に見せるように促す。
「左の・・おう、それだ。なんか、その、ちっさい矢印みたいなんを押すんだろ?そうそう」
バスケットボールをつかむためだけにあるような流川の手が、小さい機械を握らされ、細かい動きを強いられる。
ボールはうまいこと扱えるのになぁ。なんともこっけいな姿に思わずプププと笑いがこぼれる。
「・・みつひさ。」
俺の顔から笑みが消える。
「みつひさから電話。」
「ああ?」
「これ誰だ」
「こっちが聞きてーよ!」
「だれだ。」
「だれだよ!」
「こんな名前のやつしらねー」
「中学ン時のバスケのやつとか・・」
「しらねー」
なんか面白くない気分になって、力任せに柄を使ってガチャガチャと便器の奥を探る。
水しぶきが顔に散るが、気にならねぇ。
便器の水だが、おかまいなしだ。
「おれしらねー」と後ろで言ってる。
オレだってしらねーよ。
でたらめな動きが意外にも良かったのか、先の部分が出てきた。
「でてきた」
「ああ、やっとだぜ。まったくよぉ」
つまみだして、ゴミ箱に捨てて、手を洗う。
続けてなぜか流川も手を洗う。
何もしてねーくせに。
そして、沈黙が訪れる。
「・・・かけてみろよ。その、みつひさってヤツに」
「しらねーし。」
「しらねーのに、なんで登録してあるんだよ。知ってるんだろーが」
「しらねーって言ってる」
むっとした顔をして部屋にもどって、こたつにもぐりこんで、携帯を放り投げる。
そのまま横になって、背中で怒りを告げてくる。
でもオレだって面白くねーぞ。
「新しいの買いに行くぞ。」
部屋には入らず、わざと台所から呼びかける。
「いかねー」
「スーパーだぞ」
「・・・・」
ブブブ ブブブ
携帯が再び震える。
こんなに小さいくせに、ぶるぶる震えて、しっかり主張しやがって。忌々しい機械だ。
「出ろよ。みつひさだろ。」
「命令すんな。」
「いいからはやく出てみろって。」
チッと舌打ちをして俺に一瞥くれた後、うっとおしそうに電話をとる。
「だれ」
なんっちゅー出かただ。
「あー・・・・・・・・スンマセン。・・・ハイ。いるっす。」
「サル。テメーにだとよ。」
ケータイを投げてよこしてくる。
「なんでオレがみつひさと!」
「三井センパイ」
「はぁ?!」
出たら本当にミッチーで、人の名前を勝手に略すなと、怒鳴られた。
弁解するのもばからしかったので、そのまま、怒鳴られておいた。
それから、明日はみんなで朝から海いくぞと訳の分からない誘いをうけ、強引に同意させられる。
気付けば、いつの間にか流川が隣に立っていた。
終わった電話をオレから奪い、部屋に放り投げ、
「やきもちやき」
と、言ってきた。
だって流川だもん。
容易に想像できますよね。
漢字で登録なんてするわけないし。
誤字脱字は当たり前。
平然とあたり前。
2007/01/25