行ったり来たり秋祭り②

 クラスの奴らがダンボールに「完売」と書いて、テーブルの上に出した。
「終わったーっ!」
 拍手が沸き起こり、俺も「フーッ」と息を吐いて椅子に腰を下ろす。
 三時間近く立ちっぱなし、トイレも行かず休憩も入れず焼き続けた。完全に麺がなくなったところで仕事は終わった。
「お疲れさま」とクラスのやつが炭酸ジュースの入った紙コップを俺と洋平に渡してきた。さっきからこうやってあれこれと俺にねぎらいの品を寄越してくる。クタクタだったが、「美味しい」「うまい」と褒められたから気分は最高だった。良い汗をかいた。
 流川も食ったかな、俺の焼きそば。
 流川はあの後もう一度現れた。また焼きそばを買いに来たのだ。今度は最初からちゃんと列に並んでいたが、石井が再度流川を連れ戻しに現れて、列から離脱させられていた。ちょうど通りがかった高宮たちが(行商に出ていたのだ)、流川にまたもや焼きそばを渡していた。
 流川はまだ「立っとく係」をしているのだろうか。
 あの格好で・・・・・・。
 俺も見に行くことにした。

 テントを離れてみて分かったが、人が多いのは俺のところだけじゃなかった。学校中が人で溢れかえっている。
 廊下を歩いているとそこかしこから「焼きそば屋!」と声を掛けられる。ハッピを着たままだったと思い出したが、せっかくなので記念にそのまま着ておくことにした。
 流川のクラスの近くになると人口密度が一気に増した。密集の中心に流川がいるんだろうかと首を伸ばしてみると本当にいた。頭の後ろしか見えないが流川だ。流川は記念撮影みたいなことをしているようだった。流川との撮影を終えた人間が十組の教室に入っていく。なるほどな、客寄せだ。「立っとく係」っていうのはそういうことかと合点がいった。流川だから成り立つ仕事だ。
 俺も流川の視界に入りたくて進もうとするが、流川のファンに押しのけられてなかなか近づけない。それでも踏ん張っておしくらまんじゅうみたいな中をジリジリと進んでいたら、「「祭」が邪魔!」と聞こえて心が折れた。完全に俺のことだ。落ち着いた頃にまた来よう。そんな時があるのかはかなり怪しいが。

***

 手持ち無沙汰にブラブラと校内を見て回っていると、途中でお化けの格好をしたヤスに会って、会うなり焼きそばを褒められた。メガネくんにも出会い頭に「桜木、焼きそば美味しかったよ」と褒められた。バスケ部の連中に会うたびに焼きそばを褒められる。一体いつ俺の焼きをばを食べたんだ、と聞いてみたら、高宮たちが売りに来たのだと聞かされた。
「桜木も遊びにおいでよ」と誘われて、はて何を売っているんかな、とついて行ったら何も売っていなかった。メガネくんのクラスは他のクラスと違って、しぃんとしていた。図書館みたいに静まり返った教室に恐る恐る足を踏み入れると、入り口にゴリが座っていて心底驚いた。お化け屋敷より驚いた。
「どう考えてもおまえの来る場所じゃないだろ」
 開口一番ゴリはそう言った。失礼な受付係にカチンと来るが、ゴリの後ろの壁には「研究発表・郷土史七十年」という紙が貼ってあって、本当にゴリの言うとおりだと思った。メガネくんの方を見るといたずらに成功したような顔で笑っていた。

 街の十年毎の移り変わりを空中写真で見る、という珍妙な体験をした後、俺はまた流川の顔が見たくなった。10組に行くと、流川はやっぱり人に囲まれていた。あいつはずっと人気者だなあ・・・・・・とぼんやり眺めていると、ちょうど流川がこっちを向いた。「俺を見ろ!」と願いながら手を上げると、俺に気がついて、ぱちっと目があった。その途端、流川の表情が電気がついたみたいに明るくなった。珍しく本当に分かりやすく変わったから、周りにいた人間も流川の変化に気づいた。俺に向けられた流川の目線を辿って、皆の視線が俺に集まる。俺の前がどんどん開いていって道ができた。こういう神様の話があったな。俺は頭を掻きながらその道を進んだ。
「えーと・・・・・・」
 参ったな、顔と仕事ぶりを見に来ただけで特に用はないのだ。
「今日も一緒に帰ろうな」
 改めて言うことでもないのだが、他に何も思いつかないのでとりあえずそう言った。
「俺んち来るだろ?」
「行く」と流川が頷いて、そこでまた皆の視線を一斉に受ける。流川はいつもこんな風に見られてるんだろうか。すげえなあ、よくこんな何ともない顔をしていられるな。どうなってんだ。
「じゃ。行くわ。また後でな」
 俺はその場を後にした。まだ背中に沢山の熱い視線を感じる。今、俺の背中って「祭」って書いてあるんだよな。

***

 待ち合わせ場所の自転車置き場に現れた流川は、いつもの格好に戻っていた。いつも通りの流川を見て少しほっとした。辺りはすっかり暗くなっていて空には星が見える。にぎやかな一日だった。
「お前、本当に立っとく係だったな」
「疲れた」
 だろうな。キョロキョロとあたりを見回して、流川の手を一瞬握ってすぐに離す。まだ学校が近いから。
「お前が着てたあの服って、お前のか?」
「俺ンじゃねえ」
「俺のも。俺のは誰かが買ってきたらしいぞ。桜木焼きそばがとんでもなく売れたから衣装代も材料費も回収できるって、クラスの奴ら大喜びしてた」
「へえ」
「俺は焼きそば焼く係で、お前は立っとく係で・・・・・・ゴリは受付係してたぞ。俺見たんだ」
「俺も見た」
「え?」
「木暮さんに連れて行かれた」
「お前もかよ」と俺は笑った。
「色んな係があるんだなー」
 石井みたいに脱走する流川を連れ戻す係もあるな、と思い出す。
「俺の焼きそば食べたか?」
「たべた」
「もっと食いたかった」と流川が言うから、「今度家で作ってやるよ、お前専用に」と俺は言った。

おしまい

生まれて初めて文化祭を書きました。
花道の焼きそば食べたいです。

2020年11月11日 流川の日