意味のないうそ

 屋上の一角を流川と陣取って、オレ持参の弁当の包みを広げる。ずらっと並ぶむすびにテンションが上がる。今日は早起きして朝からひたすらにおむすびだけを握っていたのだ。
「むすびばっか」
見たまんまの感想を流川がいう。
「今日はおにぎりデーだ。手抜きとか言うなよ。下手すると弁当以上の手間なんだからな。」
「いわねーし」
「おかかと梅、昆布、どれからいくよ」
「おかかってなに」
「おかかしらねーのか!?」

「おまえあほだろ!?」思わず叫んでしまった。もちろん殴られた。いや、だって!おかかだぞ!?と言っていてもしょうがないので、おかかの説明をした。おれ、おかかの説明なんて生まれて初めてしたぞ。説明したところで、しょせん流川なので、キョトンとした顔のままだった。
とにかく食えば分かる、とおかかのむすびを手渡すと、流川はむすびを見つめながら「でかい」といった。
「この手でむすぶしなあ」と左手を見せながらオレは梅のを取る。中の梅干しは高宮のおばちゃんが作った梅干しだ。これが実にうまいのだ。

「手のでかさがカンケーあんのか」
「おまえおむすびにぎったことないのか?」
答えは聞かずともしれている。
「まあいいや、ほれ、食ってみろよ」
「いただきます」
「よし」

はぐっと豪快にむすびに食らいつく流川に続けて、俺も食う。うまい。

「どうだ?」
「んまい」

良い返事だ。

「ここまでがおかかな。こっからが梅だ。で、隣りが昆布な?あ、昆布は知ってるかね?」
「ばかにすんな」

したくもなるだろと思うがこれは言わないでおく。
口をもごもご動かしながら、もういっこ、左端のむすびをとろうとしたので、「いや、だからそれおかかだ。お前が今食ったやつだ」というと、「しってる」と言って手に取った。
「おかか、本当に初めてだったンか?」
「どっかで食ったことある気がするけどなんかちがう」
「おれのがいいってか!最高か!特上か!」
「いってねーし」
「ははは!よし食え!」
なんてわかりやすい意地っ張りだ。
唇についたおかかを親指でぬぐってやる。親指に感じた柔らかさに、オレはこの唇を知っているんだなあなんて思ってしまい、かーっと熱くなった。 流川と目が合いなにやら無性に恥ずかしくなり目をそらしてしまう。

「何で赤くなってんだ」
「わかれよ」
「暑いんか」
「・・・・」
「なに」
「おめーよう・・チューガクん時からけっこーもててたんだろ?」
信じらんねーよ、そのにぶさ。
「しらねー」
「知る知らねえの問題じゃねえよ。今だって、親衛隊とかすげーじゃんおまえ。モテてたんだろ?むすびとか差し入れされてたりしたんか?」
「もらってねー」
「うそつけ。んなわけあるか。オレが女子の人だったらまずは食いもんを差し入れするぞ。」
「てめーはあんのかよ」
「はあ?」
「食いもん、もらったりしてたんか」

あるわけがない。
俺が中学の時にもらってたもんと言えば、青アザ、ゲンコツ、因縁、果たし状の類だ。食いものなんてもらったためしがない。しかし、そんなことを白状するのはいやだった。俺の高くてちっぽけなプライドは断固拒否した。

「もちろんあるな!忘れもしねえ!中学のある日!」

うそついちまった。
真に受けたのか、流川が眉間にしわを寄せて聞いてくる。

「どんなやつ」
「くれた人か?」
「そー」
「・・・女の人だったな」
「ふーん」
「髪が長かった」
「フーン」
「髪が黒かった」
「・・・テメーが好きそうなタイプだな。」

そ、その顔は反則だろ!!

「うそだよ!もらってねえよ、ちきしょーめ!」

なんだそのびっくりした顔は!呆れてんのか!

「悪かったな!どうせ一度ももらったことねえよ!どーせどーーせっ!」
「べつにわるいなんていってねーだろ。へんなうそつくな。」
ううう
「おれだって・・・・おれだって、いつかは、おむすびを」
「もらったらぶっとばす」
「もらわねえよ。・・おめーに作ってもらうんだよ」
「おしえろ」
「今晩うち来るか」
「くる」

日本語がおかしーっての。
流川がもういっこむすびをとった。そのむすびもやっぱりおかかのやつだった。他のも自信作だし食べてみてほしいなあと思ったが、流川はこういう奴なのだ。
そして、こいつのこういうところがオレは好きなのだ。

たまにこういうの、書きたくなるんですよね・・。
タイトル「おむすび」にしたら良かったんじゃないかっていうくらい、
むすびむすびと言ってる気がします。
っていうかみなさんは、おかか知って、ますよね・・?
どうしよう・・ローカルだったら・・いやまさか。

このあと流川くんは本当に桜木くんちに行っておむすび(さんかくの)を作りました。
さんかくのおむすびの、あの回転しながら作る感じが難しいらしく、何度も落っことしてました。
「むしろ落とす方が難しいだろ」と花道は呆れかえりつつ、楽しい時間を過ごしたらしいです。
2010/09/04