俺とルカワは今、一緒に暮らしている。
29歳になった今でも、オレ達はあいかわらずだ。
20代の半ば、忙しさから会えない日々が続いて、それから心がすれ違いになっていった。 ないことを疑い、責めあって、目の前にあることに感謝しなくなっていた。
このままだとだめになるなと思った。
互いに血と涙を流しながらのド派手なケンカをやらかした後、一緒に暮らさないかと尋ねたら、ヤツは何も言わずに帰っていって、 その3時間後、「引っ越してきた」と現れた。 持ってきたのは、カバンひとつで、とても引越してきたようには見えなかった。抱きしめずにはいられなかった。
それ以来、一緒に暮らしている。
一緒に暮らしてよかった。
まったくもってそう思う。
忙しいのはあいかわらずだし、会えない日だって多い。
でも帰ってくる場所が同じというところがいい。
あいつが長く留守している間、オレはあいつが恋しくて、そして寂しくてたまらない。
でもあいつはこの家に帰ってくるんだ。
その事実だけで十分満たされる。
ルカワが帰ってくる日は、あいつの好物をたくさんたくさん作って「おかえり」と言って迎えてやる。
「おかえり」を言える喜びがこんなに大きいものだったとはな。
オレが長いこと留守にしている間のあいつの様子はよくわからねぇ。
無口なのはあいかわらずだ。
だが、最近、料理を覚えた。
カレーやシチューをおぼえた。
俺が帰ってくる日はそれを作って迎えてくれる。
帰ったときはソファーで寝ている時の方が多いが、それでも料理は作ってある。
それだけで十分だろう?あのルカワだぜ?
味はなかなかのもんだが、わりと斬新ではある。
どうしてかキュウリをいれるクセがあって、何でもすぐにキュウリを入れる。 シチューにキュウリをいれたときはこれはないだろうと思ったが、初めて作ったシチューだったので何も言えなかった。
その後は入ってねえ。
自分でもさすがにないだろうと思ったんだろうな。
特に趣味があうわけでもねえのに、不思議と飽きがこねえ。
本当に運命の相手だったのかもしれねえ。
オレ達は、本当にあいかわらずな感じで過ごしているんだ。
変わったことはと言えば、俺と流川はもう家族だという意識の変化か。
昨日、知り合いからハガキが届いた。
「家族が増えました」とあった。
サルみてえだったが、かわいい子どもだと思った。
家族。
そう、オレと流川はもう家族だ。
そう思っている。
大事な大事な家族だ。
オレ達の家族は決して増えることはないけれど。
それでも、家族であることに変わりはない。
休みが合えば、夕方、連れ立ってスーパーに出かけるのもあいかわらずだ。
だけど、大人になったオレ達は、途中にある公園のベンチに並んで腰かけるようになった。
特に何を話すわけでもないが、ふたりの間に漂う沈黙が心地よくなった。
こいつの雄弁な寡黙さが、どんどん愛しくなっていく。
でも今日は、流川が愛しいというその気持ちを味わうよりも。
目の前のキャッチボールをする親子をぼんやりと眺めながら、子どもが欲しいと強く思っていた。
そのことばかり考えていた。
子どもが欲しい。
子どもが、欲しい。
「子ども、欲しいか。」
突然、聞かれた。
お前は、エスパーか。
でも、いいや、とは言えなかった。
そんな嘘をつくことは、コイツに対する裏切りだと思ったから。
「ああ、欲しいな。」
「女が抱きてえか。」
「そういう・・そういう欲求とは全然違うもんなんだよ。」
「わかんねー」
「子どもがほしいっておもわねぇのか?」
「よくわかんねぇ」
「欲しいというより、育てたいっていう気持ちだ。自分がこれまで生きてきてあっためてきたもんや見つけて来たもんを、まるごと誰かに伝えたい って思うんだよ。色んなもんを伝えて吸収させて、大きくさせたいって思うんだ。すげえことだぜ、育てるってことは。そう、おもわねえか?」
「・・・・てめーとなら楽しそうだな。」
そうなんだ。
そうなんだよ、流川。
「そうなんだ。子どもが欲しくて仕方ねえのに、それなのに、オレは、それよりも、お前といたいっていう気持ちの方が強いんだ。」
困ったもんだ、救われねえよな、と笑ったところで、がつんと強いのを頬に食らった。
ベンチから転がり落ちる。
ひ・・ひさしぶりに殴られた。
「だったら、泣き言いうな。」
ずきずき痛む頬をさすりながら、仁王立ちのルカワを見上げる。
「てめーは一生、子どもはもたねぇ。子どもをもたねえから、孫の顔も見られねー。てめーはそういうウンメーだ 。あきらめろ。ざまあみろ。」
夕日を背中にしょって・・お前、まるで、後光がさしてるみたいになってっぞ。
ルカワ、ああ・・なんて、なんて、お前はオトコマエなんだ。
「どーしても子どもが育てたいなら」
「なら?」
「・・・ねーちゃんの子どもを一緒に育てりゃいー」
ねーちゃんの子どもったって・・
「ねーちゃん、独身じゃねーか」
「いつか産むだろ。」
ははは
「いつまでもしみったれた顔してんじゃねえ。立て、サル。泣くな、どあほう。」
そう言って手を差し出してくる。
ありがとな。
ありがとな、流川。
最高の殺し文句だ。
ありがとうな。