ヤダモン

今日のキツネはなんかしらんがわがままだ。
起きたときから、わがままだ。

今日は昼から部活だし、早目に起こしておこうと思い、洗濯物のかごを持ったまま「起きろー?」と起こしたら、起きたが、しかし、おそろしく無言だった。

普段のこいつは愛想はないが、機嫌もない。
機嫌が良いとか悪いとかそういうのがねぇんだな。
実に淡々としたヤツだよ。
だから、あんまり人に気を遣わせない。
刺激がねぇから、つまんねぇやつにはつまんねぇだろうが、オレにとってはコイツほど一緒にいて楽なヤツはいない。
いじっぱりでアマノジャクだが、ワガママをいわねぇ。いわねぇっつうか、特になにもねぇんだろうな。やりてぇことはさっさとやっちまってるし。
それよりもオレさまの方が、要求は断然多い。そしてキツネはそれをわりと難なく受け入れる。
どこかに行こうと言えば「めんどー」と言いながらついて来るし、メシを作ってやれば出されたモンはなんでもよく食うし、オレの話を聞きやがれと言えば「よくしゃべるやつ」と言いながらおとなしく聞いてるし、抱き枕になれーと言って抱きついたら「えらそー」と言いながら枕になってくれる。夏の時はうっとおしそうだったが、それでも、わりとオレにされるがままだ。

だから、今日みたいなコイツは、ちょっと珍しい。
むすっと座ったままのキツネに向かって、洗濯物を干しながら、あれこれ尋ねるが、ちっとも機嫌がもどらねえ。
腹減ったかときけば、うるせーと言う。
朝飯食うかときけば、いらねーと言う。
まだ寝たいのかときけば、黙ってろと言う。
帰りたいんか、と聞いたら睨んできたから、帰りたいわけではないらしい。
どうしたもんかと溜め息ついたら、ドンッと蹴ってきた。

ちょっと経っても相変わらず着替えすらしねえでじっとしてるキツネに向かって、掃除機片手に、どうしてそんなに不機嫌なのかと、原因を問うたら、「おれがしるか」と言ってきた。
お前が知らなくて、他に誰がしるんだよ。
ほんとにまぁ・・こまったやっちゃ。

くわねーと言っても、やっぱ朝メシは食わせとかねーとな。と、味噌汁あっためなおしてたら、洋平から電話がかかってきた。入院したときの治療費のこととかがちょっとと、それから、たわいもねえ話をいくらかしていた。
ふいに目の前が暗くなったと思って振り返ったらキツネがいて、あ、やられると思ったら、後の祭りで、電話を勝手に切りやがった。

「ばかやろ!まだ電話してんだぞ!洋平がびっくりするじゃネーか!」
「―――なら、かけ直して来るだろ。」

リーン

ぬっ・・よく分かってるじゃねーか。

フンと言って、部屋に戻っていった。
なんなんだアイツは。

「すまねーようへー」
「ルカワか?」
「そうなんだよな。やだやだ言って、言うこときかねぇんだ。」
「ハハハ。まるでヤダモンだな。」
「そうだよ。ヤダモンだ。わりーな、じゃ、切るわ。」

部屋に戻ってみたら、ヤダモンは、押入れの下の段にある布団と布団の間に顔だけ突っ込んでうつ伏せという妙な格好でいやがった。

「おら、ヤダモン!そんなかっこうしてっと、窒息死するぞ!」
「ふぬがふぁふぁ」

死ぬかばか、と言ったとみたぞ。

こまったやっちゃ。
何がそんなに気にいらねぇんだか。
ケツのあたりをばふっと叩いても、反応がない。
もう諦めて、隣に座って、テレビをつけた。
うまそうなとんかつ屋の特集をしていた。
長い行列ができてる。
うーまそーだなぁ―――こいつ今日、夕飯どうすんのかな、と思いながらぼんやりテレビを見てた。

しばらくたったらヤダモンがのっそり出てきて、オレのももの上に頭を乗っけて、下からをじっと見つめてきた。
黒い髪をすいてやると、まさにキツネのように気持ちよさそうに目を細め、それから顔の向きを変えて、テレビを見始めた。いつもの調子に戻ってきたなと分かった。

「腹減ったか?」
「へった。」
「朝飯食うか?」
「くう」
「それじゃ」

立ち上がりかけたら、

「まだいらねー」

そう言って、ぎゅっと腰に腕を回してきた。

くわねーと言ったり、食うと言ったり、まだいいと言ったり、やっぱり今日のキツネはわがままだ。
でも、ワガママ言われるのは嫌いじゃねぇ。

とんかつの特集が終わるまで、おれ達はしばらくそうやってテレビを見ていた。CMに入ったら案の定、「晩飯はとんかつがいー」と言ってきた。

おうともよ。
千切りキャベツを隣に添えて、そりゃぁうめぇのを作ってやるよ。