「ただいまー!」
本日も大変元気の良い赤木家四男坊花道が上機嫌でご帰宅である。
「おかーさーん?」
彩子の不在に首をかしげながらも、隣のおばちゃんちだろうなと気にしない。それよりもおなかがすいている。ランドセルを背負ったまま「おなかすいたあ」と冷蔵庫を開ける花道の後ろから、同じく腹をすかせた楓が首を突っ込んで、一緒になって冷蔵庫を覗く。
そして間もなくふたりは見つける。
冷蔵庫の中に鎮座まします二つのプリンを。
「ゴクン」
生唾を飲み込む音が互いの耳に響く。
「ぷっちんぷりんだぜ」
「ああ」
「たべたいな」
花道がそろりとプリンに手を伸ばす。楓も後に続き、プリンを手にとる。手に感じるプリンの重みに、ふたりの食べたいという欲求が更に募る。
「ここって、なまえがかいてあるんかな。」
「そー」
蓋のところによく目にする文字がある。これはおそらくミッチーのサインだと直感で分かる。そして事実、カタカナでミッチーと書いてあるのだ。 同様に楓が手にしたほうにはリョータというサインがある。
「でも、おれたちまだカタカナならってないから、よめないもんな」
「ああ」
「よめないからわかんないもんな!」
「そのとーり」と楓が力強くうなずく。
でも楓は地図帳のカタカナで書かれた地名が読めるのだ。分からないというのはウソである。花道だって何度も見たことあるこの文字が、ミッチーとリョータを意味していることは承知しているのである。それになにより、ふたりは昨日もうすでにプリンを食べているのだ。それなのに……
「わからないならくっていい!」
「ん!」
ふたりは食べた。
***
花道と楓がプリンを食べ終わりばたばたと追いかけっこをはじめた頃に、ようやくミッチーとリョーチンは帰宅する。
「かーちゃんいないのな。おうおう、ちびたちのやかましいこと!」
「ブルー!かくごしろーレッドビィーム!ビビビビ」
口で旧式なビーム音を発しながら、腕にはめたお気に入りの時計からビームを出す花道と、 同じく腕にはめた時計でレッドのビームを跳ね返すブルー・楓は、無言であるがテンションは同じである。
その様子を眺めながらおにいちゃんたちは、同じ戦隊にいるくせしていっつも戦ってるなぁと笑う。
「あー、腹へった。俺、昨日のプリン食べよーっと」
「お前も食べる?」
「うん、とってとって」
「じゃお前スプーン準備しろ~」と言いながらミッチーが冷蔵庫を覗くが、しかしプリンはない。
「あれー?」
リョーチンは花道と楓が急におとなしくなったことにいやな予感を抱きつつ、念のためミッチーと一緒になって冷蔵庫を覗く。
「ないよな」
「ないね」
さては、と後ろを振り返れば、レッドとブルーが互いに向き合ったままあさっての方向を見て固まっている。
怪しすぎる。
事態は一変、ツインズバーサスおにーちゃんズの攻防戦の態をなす。
「おい!おまえら!食ったんか」
「な、なにを?」
「プリンだよ」
「うーーーー…………くった!」
「このやろっ!」
「だって!なまえ、かいてなかったぞ!」
「かいとったろーが!」
「カタカナよめねーもん!なっ?」
そうだと頷く楓。
カタカナと分かっている時点でアウトである。
明らかに確信犯だ。
「わからないもんなわからないもんな」とこんなときだけ息をぴったりあわせて踊りのような動きをはじめたちびたちに、「……このやろう……ものしらずをいいことに……」ギリギリと悔しそうにするミッチーであるが、しかし怪しいながらも今のところは悪意はなかったと訴えるちびたちだ。ゲンコツを食らわすのはどうも気が引ける。なんとか白状させる方法はないか……考えたミッチーはぽんと手を打ち、リョータに目配せをする。
「そうか、分からなかったんだな。」
「そうだ。わからなかったんだ」
オウムのように花道が返す。
「だったらしかたねえなぁ。」
「そうだしかたねえんだ」
「そうだな、わかったよ。なぁところで、お前らのそれ、見せてくんねえ?」
あっさり解放してくれたミッチーを疑うことなくホッとする、実に単純な花道は「なにを?」と聞き返す。
「腕にはめたその時計だよ。かっこいいよな。オレもそーいうの欲しいんだよな!さすが安西のじーちゃんだ。な?見せてくんね?」
お正月におじいちゃんがくれた自慢の腕時計をかっこいいと褒められた花道は、とてもとても嬉しくなり、すっかり気をゆるして、腕にしていたものを外して「はい」と手渡す。
「かっけー!文字盤とこが赤いんだな!」
「ベルトもだぞ!」
「ほんとだ!!すっげえかっこいいのな!お?楓のは?」
「あお」
自分のも見て欲しくてうずうずしていた楓は、答えながら、自ら手渡す。
しかし。
二つの時計を手にした途端、今まで穏やかだったミッチーの顔が突如邪悪なものへとかわり、それを見たふたりは「しまった」と気付くが、もう遅い。
二つの時計をおでこのところにもっていき、眉間にしわを寄せ、なにやらうなりだしたミッチーのその異様な姿にふたりは言葉をなくす。
「カアッ!」
ミッチーの叫び声に、ふたりがビクッと身体を揺らす。びびりまくりである。
「ふっふっふ。時の呪いをかけてやった」
「ののののろいってなんだよ!」
「さーてねー。ほらリョータ。」
ふたつの腕時計を手渡しながら、気付かれないようにまた目配せをする。了解とばかりに小さく頷いたリョーチンは、手渡された時計を見ながら大げさに叫ぶ。
「うああああああ、にいちゃんなんてことするんだあ!」
「な、なんだよ、リョーチン」
「あーあ……花道も楓もかわいそうにな。にーちゃんに呪いをかけられちまったな」
「なっ……」
「ほら……見てみろ、この時計3日も早くなってる。時の呪いだ。」
渡されて、ふたりは自分たちの時計をまじまじと見つめる。
見た限り特に変化はないが、でもふたりは時計は読めるが、時間の仕組みをまだよくしらない。変化はないけれど、おにいちゃんたちがいうのだ、自分たちの時計は3日早くなってしまったのだといともたやすく信じるのである。
「なんでそんなことするんだよぉぉ!もどせよもどせよぉぉ」
泣き出しそうな様子の花道の隣りで楓も無言で抗議をする。
「てめーらが知ってておれらのプリン食べたってことを白状すれば戻してやるよ」
「しらなかったもん。な、きつね。カタカナわからねーもんな」
ぶんぶん頷く楓。
「ほお?まだウソつくのか。じゃー3日早いまんまだな。3日早いってことは大変だぞ。花道、お前の誕生日はお前が思っているよりも3日遅く来るってことだからな。プレゼントもらえねえなぁ。 楓だってそうだ。日付変更線の計算がずれるよなぁ?お前が今日だと思っていても、アルゼンチンは3日後だ。グダグダだ。お前らだけ今日から常にみんなよりも3日早く生きるってことになるんだぞ。あー、さみしい。あーーーさみしい」
めちゃくちゃなミッチーのセリフに、隣のリョータは顔を背けてなんとか笑いをこらえる。
「もどせよぉぉ」
「!!」
ぽかぽかとミッチーを殴りだすふたりだが、ミッチーは知らん顔である。
「白状したら直してやるよ」
「うー……カタカナよめねえもん」
「でもオレ達の名前だってことはわかってたろうがっ!」
「ううう」
「ウソつくなんて一等きたねえぞ。やっちまったことにはせめて正直になれ!読めなくても本当は分かってたろ!!」
「うん……」
「謝れ!」
「ごめんなさい」
「花道は」
「ごめんなさい」
「リョータにも謝れ」
言われたふたりは、クリっとリョータのいる方に向きをかえ、
「りょーちんごめんちゃい」
「ごめんちゃい」
なぜ自分にはちゃいがつくのだと若干疑問に思いながらも、 すっかりしおらしくなってしまったふたりに「もういいよ」と言ってしまう甘い、優しいリョータである。
「……みっちー……なおして」
ふたりで時計を差し出す。
片眉をあげて「よし」と受け取り、ミッチーが再度「ムムム」と念を送る。
「プはぁ~……直った。リョータ見てみろ」
「おー、さすがだ!あっという間に今に戻ったぞ。よかったなぁ。さすが兄ちゃんだなぁ」
その言葉にぱーっと表情を明るくし、時計を覗き込むふたりの目には、時計が戻ったように映るのだから不思議なものである。
「ミッチーすっげえー!」とひとしきり騒いだ後、再び時計を腕にはめて、ダジャレンジャーごっこを再開する。
「で、オレらは腹が減ったまんまかよ」
不服そうにそう言いながら部屋に向かうミッチーの背中を見て、兄貴にはかなわねえなぁ、と思うリョーチンであった。
ものしりで対抗した、いつになくイかしたミッチーの話でした。
目配せひとつでなぜリョーチンは、
ミッチーが意図する全てを了知できたのか?
それは、彼も同じように時の呪いをかけられたことがあるからでした~。
ダジャレンジャーとは、おにーちゃんズがちびたちのために
半分おふざけで考案してあげた戦隊「ごっこ」ものです。
他に、ピンクとイエローとグリーンがいます。
ピンクはいとこの晴子ちゃんです。
大ボスがいっぱいいることが特徴なのですが(ゴリとかアキラとか)、
中でもずるくて信用ならないのが、
ミッチー率いる「軍団シュール」なのです。
「軍団シュール」には、リョーチン、鉄男、竜たちがいます。
でも鉄男と竜たちは花道と楓が勝手に騒いでいるだけで、
本人たちは全然知らないのです。
軍団シュールが一堂に会したとき(=鉄男たちが遊びに来たとき)
敵の悪のわるだくみ会議(=話してるだけ)に
ドキドキしながら、部屋のドアのところで
じっと出番を伺うレッドとブルーなのです。
尽きぬ。
2008/01/16