「さみーっ」
なんか言ってないとやってらんねえ。寒いんだよ。 ガチガチ震えながら上着のポケットに手ぇ突っ込んで、ブツブツ言いながら歩く黄色い頭のこの俺は いったいどう見えてんだろうな。よけてくやつらがさきほどからちらほらと。
「俺はこわくねーぞー」
誰にともなく言ってみる。
しかしこんな日に外に出るなんておかしいだろ。
外に出る約束なんかしなけりゃよかった。こんな日は家でのんびりすべきだよ。
でもなぁ、あんまり可愛くお願いされたもんだから、ついついなあ、おれちまった。 今はこんなにも後悔しているが、あの顔を見るとそれもなかったことに出来るんだろう。不思議なもんだよ。
前向きなんだか後ろ向きなんだか分からないこと考えながら歩いていると、半袖のヤツとすれ違い、 「考えられねえ」と我が目を疑う。「なんたる気候オンチ、気温ばか」毒づいた瞬間、花道の顔が頭に浮かび、笑いがこみあげる。今頃元気にボールを追っかけてんだろな。
ふと前方に知った背中を見付ける。
いつ現れた?
あれは洋平だ。
足を早めて追い付いて、肩を並べて、歩調を合わせる。
「よっ」
「おー」
目立つ方が簡単だというこんな町で、こいつときたら信じられないくらい町の景色にとけこんでいて。 普段だと目え合わせただけで逃げ出すやつまでいるのになあ。まぁ、こいつの場合、なにが普段なんだか分からないとこがあるけどな。
洋平は、なりをひそめるのがほんとにうまい。
妙な才能だ。
「さむくね?」
「あーさみーなぁ」
「なー」
「珍しいな。大楠が、こんな日にでかけんの?」
「ツレとちょっとなー。」
「むつまじいな。」
「まあぼちぼちで。洋平こそ。」
どこに行くんだ?
「オレはまー買い物だな。タオルとか・・ははは」
ははは、て。
「んなもん、あいつだって自分で買えるだろ」
「いや、別に花道が言ったんじゃなくて」
まあそうだわな。
花道はんなこと頼むやつじゃないわ。
頼むようなヤツだったら、お前も、そして俺だって。こんなに入れ込んじゃいなかったんだろうなぁ。
「じゃーここで」
「おー・・・あー、洋平よお」
「ん?」
「みつかりそ?」
「なにが?」
「いや、前言ってたろ?」
賭けるもんってヤツ。
「ははは」
「笑いごとじゃねえんだよ。」
「じゃあなにごと」
だから笑いごとじゃねえっつうのに。待て、まだ行くんじゃねえよと上着を引っ張る。
「なーにー」
「花道が花道なように、お前もお前なんだぞ」
「大楠は大楠で?」
「茶化すなって。言いてえことわかるだろ?」
「いやー、あんまり」
自分のこととなるとホント察しがわりぃのな。
「花道だけが大将じゃねえぞってこと。」
お前がいったい何を見てきて、何を見ているのかはしらねえけどな。
「じぶんはだませねえぞ」
洋平の目が力を持った。一瞬だがな。 それで充分だよ。
「まあぼちぼちね」それだけ言って、 洋平は再び町の中へと消えていった。
薄い色した空を見上げて、白い息をほわあーっと吐きだす。
見えたと思ったそれは、息なんだか空なんだか。
洋平のあの目を思い出す。
つまるところ、あの目をもっと見たいんだなぁ。
単なるおれのリクエストだけれども。
まぁ、ぼちぼち、か。
風が襟元から忍び込む。
「だから、さむいっつーの」
手を上着につっこみ背を丸め、オレは再び歩きだす。
6巻111ページ、参照で。
2007/12/28