彼のブルー

「オレ、高校いかないもんな」

昼休み。
和光中学校屋上にて、 パンをかじりながらわれらがばか王・桜木花道がそうのたまった。

オレはとにかく驚いた。
で、仲間の様子をひとつひとつ確認してみたんだな。
大楠は歯の詰め物が見えるくらいまで口をあんぐりあけていて、俺の視線に気付くと閉じた。
洋平は、空を見上げて、チューっと牛乳を吸った。
高宮は、本日3本目のバナナを食っていた。腹、こわすんじゃねえのか?

「行かないって、そりゃいいとして、じゃーお前何すんの?」
「オレは、大物になる。」

いや・・・・・・・・

「高校いかずに何すんのかって聞いてんだけど。」
「だから大物になるんだって!な!ようへー」
「・・・どーだかねー」

あ、ここは洋平に任せよう。

「花道、なんで、高校いかないの?」

洋平先生の尋問が始まるぞ。

「・・・オレべんきょーってヤツ嫌いだしよ」
「嫌いだから高校いかねーの?」
「べんきょーできねーもん」
「ちゃんとやったことあったっけ?」
「そんなんカンケーねーし。」
「他にやりてーことがあんの?」
「ベンキョーしたくねーんだもんよ!」
「そんなんで大物になれるわけ?」
「そこはっ!オレ様だしなっ!」

その後、我らがばか殿はニッコニッコと笑いながら俺たち一人一人に「安心しろ、大物になってもオマエラのことは忘れねえ」 などとお声をかけてくださった。 で、洋平の番になったところで、

「オレは忘れるよ」

と洋平が、言った。
え?と我が耳を疑う俺らに、

「オレは花道、忘れるよ」

もう一度言った。
そして、屋上を後にしたのだった。

そのあとが、大変だった。
花道のやつひどくショックを受けて動かなくなっちまってさ。 もう授業が始まるぞっつうのに、全く動こうとしないで「傷ついた」と繰り返すばかりで。
確かになあ・・あれはちょっとなぁ・・
残りの俺らも同調する。

あれは洋平らしからぬセリフだった。
洋平もいろいろだが、しかし、俺が覚えている限り、花道にあんなことをいう洋平は過去にひとりもいなかった。
生き様全てに無駄とスキのないあの洋平の、真意は一体どこにある?
高宮が「花道、元気出せよぉ」と5本目のバナナの皮を剥きだしたとき、「腹壊すぞ」と大楠がとりあげた。

下校時間になり、洋平と合流する。しかしその隣にいるはずの花道がいない。

「花道は?」
「あっかんべーして、先に帰ってった。」

苦笑しながら洋平が言い、それを聞いたオレ達はまた顔を見合わせる。

「洋平、どうかんがえても昼間のは言い過ぎだろ?」

大楠のそれには答えず、逆に尋ねてくる。

「お前ら、どうすんの?高校。」
「え・・まーオレは?適当に入れる高校でもさがそっかなーって」
「俺も」
「おれもー」
「ふぅーん」

そう言って、洋平が視線を道の端にやる。
そのそぶりになんとも俺は、いたたまれない気持ちになった。

「なぁ洋平さ、昼間花道に言ったのは、あれちょっと問題じゃね?」

大楠がもう一度言う。

「花道すッげーショック受けてたぞ」

続けてオレもそう言うと、洋平は「うっ」と心臓のあたりをおさえて笑う。 冗談めかしているが、本心から出たジェスチャーだ。
そうだろ?花道がショック受けたらつらいのは洋平だよな?

「なんであんなこと言うんだよ」
「忘れるとかよぉ」
「忘れたくても忘れられねーだろ、あのタイプは」

という高宮にチョップを食らわすのは大楠で。

「高校いかないのがそんなに心配か?」
「あいつならなんとかなるだろ。」
「そんなんじゃねえよ」
「?」
「・・忘れねえって本当に、そう思うか?」

それからすっかり口を閉じてしまった洋平におれらも言葉を失い、無言で歩く。
トボトボという音がぴったりだ。
洋平・・なぁ洋平・・よくわかんないんだけどよ、お前もしかして、寂しいの?
言おうとしては何度も何度も飲み込んで。口をパクパク、魚みたいになってるオレを見て、大楠が鼻で笑う。じゃーお前が言えよ。

離れるタイミングがつかめず結局、洋平の家までついてきちまった。
そして、家の前には膝を抱えて座り込む花道というおまけがついてた。

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オレらの姿を確認した花道は、恨みがましく洋平を見上げて、

「俺とはかえらねークセに」

開口一番、そう言った。すっかり拗ねてやがる。

「先に帰ったのはハナだろー?」
「洋平が悪いからだ!」

いつもならそこで何か言うのが洋平なのに。今日は何のフォローもせずにポケットから家の鍵を取り出して無言で鍵を開け始めた。 明らかに普通じゃない洋平の様子に、花道の目が焦りを見せて、ついに勢いつけて立ち上がる。

「ギムキョーイクは中学までだぞ!」
「知ってるよ」
「中学終わったら、オレにはもうキョーイクは必要ねえんだぞ!」
「そうだよ」
「だから、別に高校いかないでもいいだろうが」
「そうだよ」
「じゃあなんで怒るんだ」
「怒ってないよ。」
「怒ってねーの?」
「怒ってないよ」

そう言ったっきり動かなくなってしまった洋平。
それを見つめる花道。
なす術もなく様子を見守る俺達3人。
なんだよこの沈黙。
俺らにこんなドシリアスな沈黙は似あわねえよ。
誰か、なんとかしてくれよ。

「洋平は、どこの高校行くんだ」

重苦しい沈黙を破るは、やはり我らが大将花道だった。

「・・湘北」

洋平クン、やっぱ頭よかったのね。

「なら俺も行く。チョーホク!」

「はっ・・・・なみち!それはちょっと」

何も知らない花道が、「なんだ?」という顔をしてくるので、「ショーホクは難しいんだよ。」と教えてやる。
「難しいんか?」と洋平に聞きなおし、うつむいたままの洋平が「かもね」と返す。

「ふぅーん。でも、洋平は行くんだろ?」
「行くよ」
「なら俺も行く。洋平が、寂しがり屋の甘えんぼさんだからな!」

言われた洋平がはじけたように顔を上げ、そしてその顔を歪める。
めったに見れない、花道しかさせてやれない顔だ。

「だが!俺はまだ許してねえんだからな。昼間、オレは洋平のせいで深く傷ついたんだ。 一生の傷を心に負ったんだ。オレは洋平のあの言葉を一生忘れねえ。オレは洋平のせいで深く深くふかああああああく傷」
「ごめんな」
「・・まぁ、反省しているんなら」

はやっ!

すっかり調子を取り戻した花道が「今からやるぞ!洋平教えろ!」と叫んでいる。さっそくらしさをみせはじめた。 大団円なムードに、おれたちも伸びをする。やれやれ、どうなることかと思ったよ。

「よーし行くぞ、お前ら準備はできてんだろうなぁ!鉛筆、ノート・・頭、バナナ」
「え?」
「準備。」
「なんの?」
「勉強」
「なんで?」
「聞いてなかったのか!?チョーホクへの勝利のための」
「って、おれらもなの?」
「俺が行くんだから、おめーらも行くんだ。」

「いやいやムリムリ」

揃って首を振る。

「情けねぇ。死に物狂いで俺についてこようという、そういう心意気は持ち合わせてねーのか、てめーら!」
「自分の方が成績わりークセに生意気言ってんじゃねーよ!」
「ソウカネ?」
「褒めてねえよ」

「いいから、みんなでチョーホクだ」と全く聞き耳を持たぬ花道の後ろから、「だったら洋平、違う高校にしろよ」と声をかける。「イヤ」と 首を振る洋平が花道に見えたよ。

「チュウ!やる前から甘いこと言ってんじゃねーよ!いいか!チョーホクだ!チョーホク!」
「さっきから聞き苦しいなあ、ショーホクだって。」
「チョーホク!チョーホク!」

歌まで歌いだした。もうだめだ。しばらくチョーホクだ。
まぁ、おれだって、一緒にいれるもんなら一緒にいてえし。
でもよぉ、湘北狙うってけっこー、冒険なんじゃねーの?
大楠と目があい、気持ちが同じと分かる。
高宮は、見なくてもわかる。
やってみっかー・・

「分かったよ」ついに折れた俺たちに、「頑張りたまえよ」とムカつく激励を寄越してきた花道の、その後ろで。

洋平がそれはそれは嬉しそうに笑っていた。

で、この日から、軍団は、花道宅でお勉強です。
花道の家にあったこたつ机では狭いので、
みんなでお金だしあって大きめの机を購入します。
しかし、机というのは、そうです、四面です。
5人組の軍団では、ひとり余ります。
ということで洋平センセーが、ベッドの上に鎮座ましまして、
こたつ机に向かって必死こいて勉強する連中を指導します。

right(右)を、どうしてもlight(明かり)と書いてしまうチュウに、
花道が、照明王子とむかつく命名をしたりして楽しく勉強するのです。
まさに、至福の時。

2007/12/11