としうえのひと

放課後、花道の練習を見に体育館に寄った。
練習が始まる前にたずねていったのは、花道に買っておいた靴下を渡すため、というのは口実だ。 んなもん、教室で渡せたし。本当の理由は、昼間のあの人の様子がちょっと気になったから。

「わりいなあよーへい。」

オレが買ってきた靴下を頭にのせたまま喋る花道。バランスいいねぇ。

「でもオレ、靴下くらい、自分で買えっぞ?」
「そうなんだけどサ、花道そう言いながらいつも買わないだろ」

だから、オレが彩子さんから頼まれたんだよ。

「そーなんだよなー。なーんか、忘れるんだよなー」

興味のないもんは1秒後に忘れるもんなあオマエ。

「ちーす」
「ミッちーっす」
「おー」

花道のばかな呼びかけに特に反応を示さず三井さんは前を向いたまま、おれらの横を通ろうとした。なんだかちょっと胸が軋んだ。

「待て待て、ミッチー」

花道が三井さんの腕を引っ張り、ソレを阻む。
三井さんは引っ張られながら「あーんだよー」と言って、チラッと俺を見た。

「ミッチー、昼間、わりかったな。」
「あんで謝るんだ」
「えー…だって悲しかったんだろ?ミッチーがせっかくおれらに持ってきた菓子をさ、俺が遠慮せずにヨォ・・くっちまってさー…ん? これ、俺、わりいんか?」
「ちっともわるかねーよ。」
「だよなあ!」

花道が笑って、空気が柔らかくなった。

「おまえ、頭に何をのせてんだ。」
「靴下」

「ふぅーん」と言いながら、三井さんがまたチラッと俺を見た。
そうです、オレです。

「よーへいが買ってきてくれてよお」
「お優しいことで。」

あ、なんか、意地がわるい。

どつかれながら三井さんの頭の上に靴下を乗せ始めた花道にそれを止めさせて、体育館に行くように促す。
「あーりがと よーへー いっとーしょー」再び頭の上に靴下を乗せて中へ入って行く花道の背を見ながら、 「まーた乗せてやがる」と三井さんが笑った。笑った三井さんを見て、おれはなぜかちょっと安堵する。

「ねえ」
「んー?」

言葉だけで俺に反応する三井さんがいつもより大きく見えたのは、なんでだろうね。

「昼間さあ・・・・オレ、なんかしたかなあ。」

我ながら、子どもみたいな尋ね方だ。

「なんもしてねえよ」
「ほんとに?だってなんかさあ、アンタ、悲しそうだったし。」
「気にすんなよ。オレが勝手にしたことだ。」
「そうなの?なんかわからないけど・・・」

けど、アンタにきらわれたら、オレ、なんか、かなしいよ。
これは言わない。

「分からないなら、いーんだよ。」
「そうなの?」
「ああ。だって、オマエ、わからねーってことは、知らないってことだ。」

そう言った顔が、10歩先まで知ってるような顔だったから驚いた。
そんなオレを見て、三井さんは目だけで笑った。

「…だから、いいんだよ。知らないならいいんだよ。」
「いいの?」
「いいよ。」

最後の「いいよ」を言った三井さんは、確かにオレを見ていたはずなんだけど、 でもその目は、オレを通り越して、オレとは違うオレを見ていた。 俺にはどこか分からないところを見ていた。 先なのか過去なのか、上なのか下なのか、何を見ているんだろう。
この人にはなにが見えているんだろう。

年上なんて人種の存在、信じたことがなかったのに。

目の前にいるこの人は、オレより長く生きてきたんだなと感じた。
三井さんが大きく見えた。

好きの始まりは、尊敬からであると信じています。
2007/11/25