実に五年ぶりだった。
流川楓。
同じ高校で同じ部活に入っていた。色々な人間に出会ったが、あんなに思い通りにならなくて憎らしいヤツはいなかった。
「よお」
立ち上がって、一応あいさつをすると、「なんでいるんだ」と言ってきた。随分驚いた顔をしていて、それを見て「いい気味だ」と思った。
「そいつが俺の家の前にいたんだよ」
流川がオースケを見る。流川の足にオースケがなんかのぬいぐるみみたいに巻きついている。この懐きっぷり。本当に流川が父親なんだな。
「届けてやったんだ」
流川は何も言わずに俺を見つめ続けた。なんだろな、礼くらい言えねえのかよ。
……まあそういうヤツだったよな。
流川の家をなんとなしに見てみると人影がちらりと見えた。誰かいるんだろうな。オースケの母親、流川の……
「んじゃーな」
きびすを返して、来た道を戻ろうとすると、「あそんでって」とオースケの声が聞こえた。
まだ言ってやがると少し笑った。
そして俺は振り向かずに走った。
とにかく走った。
流川とは十五の時に会った。一目で気に入らないやつだと思った。あいつもだったと思う。俺たちは顔を見れば掴みかかって殴りあっていた。でもそれは強烈に惹かれているということでもあった。
俺たちはある時から二人きりで過ごすことが多くなった。
体育館の裏で、部室で、俺の家で。あいつの家に行ったこともあった。
俺が誘ったりあいつが目で誘ってきたり。二人きりになって、殴る以外のことをした。キスとか触りあったりとか、そういうのをした。誰にも言っていない、俺らだけの秘密だ。
二人で過ごすうちに嫌いってだけじゃない感情がわいてきた。俺はいろんなことを話すようになった。あいつといると何か話したくなった。あいつの目がそうさせた。あいつは俺から色んなことを引き出した。バスケのこと、学校のこと、自分のこと。見たこと聞いたこと感じたもの。俺の身の上も話した。親がいないことや、天涯孤独の身であること。日によって変わる俺の気持ちをあいつはいつも黙って聞いていた。
でもある日、急にそれはなくなった。三年になって冬の大会終わった後、アイツが変わった。いろんなことがぱったり止まったのだ。俺の家に来なくなった。一緒にいる時間がなくなった。流川が女といたって話をよく聞くようになった。そして俺も実際に見た。黒くて長い髪のすごい美人だった。
要は、心変わりをしたんだ。
俺はそれについて特に聞いたりはしなかった。
心変わりを責めることもしなかった。そういう立場じゃなかったから。
そう、俺はその時やっと自分たちが恋人じゃないってことに気付いたのだ。俺はそう思ってたけど、俺だけがそう思ってたんだと気付いた。後から知ったけどああいうのを「身体だけの関係」っていうんだ。あいつにとってはたぶん俺はそういうのだったのだ。悔しくて、裏切られたように思って、俺も流川と同じように思うようにした。身体だけの関係だ。
アイツが避けたように俺も避けた。あいつを見ないようにして、他の人間を見るように専念した。そして卒業して、それ以来会っていなかった。
はあっと息を吐くと、自分が震えているのに気づいた。手も震えている。寒いんじゃなくて動揺してるんだ。
情けねえ、おればっかりだ。
あいつはとっくに俺なんか忘れて生きていたんだ。
分かってたことだけど、改めて思うとけっこうきつい。
子どもまでいた。
子ども!
流川に子どもとか、驚くの通り越して笑っちまう。
……相変わらずの鉄仮面だったな。頬の肉が落ちて大人の男みたいになっていた。背も高くなっていたかもしれねえし、体が高校ン時よりもでかくなってた。まだバスケしてんのかもしれねえな。高校の時は着てなかったような大人っぽい服を着ていた。なんかこなれた感じだったな。髪は相変わらずだったか、いや、長さが少し変わっていた気がする。でも目だけは変わらなかった。まっすぐ射抜くような目だった。俺をじっと見てくる目は変わらなかった。
本当にわずかの間にこんなにも目に焼きついている。
なんてヤツだ。
はーっ。
ため息をつくだけじゃ足りなくて、その場にしゃがみこんだ。
最悪だ。本当に、最悪だ。あいつに会ったのも最悪だったし、あいつに会って動揺しまくっている自分が最悪だ。アイツの子どもをのこのこ家まで運んだってのも、間抜けで最悪だ。全部が最悪だ。
ちくしょう、オースケめ。なんだってアイツ、俺んちの前になんかいたんだよっ!