「もしもし、赤木です。あ、彩子さん?こんばんわー。 お兄ちゃん?いますよ。 うんうん……うん!すごいよねー、この雨の音。夜からどんどん風が強くなるっていって。 うん、そうだよね。だから、今日練習も早めに切り上げたんでしょう? そうだよねー。え?やだー……そんな……え?ほんとうに?流川君も?えええー……やだぁー……ええー、でもじゃぁあたしも……」
「さっさと、代わらんか」
「ああん!もう!」
代わるそぶりを一向に見せない妹にしびれをきらし、赤木が強引に受話器を取り上げる。
「どうした。……うむ。うむ、そうだな。木暮もそう言うだろうな。そうだな、ああわかった。じゃあな。」
「彩子さん、なんて?」
「明日の朝練は時間を見合わせて、9時に変更だ。 いつもの時間だと、まだ少し危ないかもしれんからな。」
「そうだよねー……けっこう大きなのきそうだし。7時はちょっとまだ危ないかも。」
「まー……危険とは縁遠そうなやつらばかりなんだがな。」
そう言って壁にはってある「バスケ部、連絡網」のプリントを人差し指でピシっとはじく。
「うふふ、ほんとうね。」
そのとき、このきょうだいのどちらかが気付くべきだったのだ。
この連絡網は使えないという事に。
「ぅあーい」
「あ、三井?」
「ああ」
「連絡網だよ。明日ね、台風来てて危険だから、一応、様子を見るために、9時からの練習開始ということになったから。」
「ああ?いーじゃねーか。いつもどおりで。」
「だめだよ。危ないだろう。9時から。様子を見るために!分かった?」
「あーあー。わーったよ。……なぁそれよりよぉ……ちょっとスーガク教えろよ。59ペ-ジの問9。」
「え?!三井、今、何してるの?!」
「……るせーな、しゅくだいにきまってっだろ!」
「オーケーオーケー!宿題ね!!ちょっと待って。」
「……答えだけでいーぞ」
「よくないよ!こういうのは過程が大事なんだぞ!……三井は答えはなんだと思う?」
「100か?」
「う、うーん……これはね……」
10分経過。
「で、答えは7になるんだよ」
「……あぁ」
熱く熱く解説されて、ミッチーはもうぐったりだった。
「次も教えようか?」
「いい!もういい!!これだけでいい」
「そう?じゃ、連絡網よろしくねー」
熱くなったケータイの電池のところをおでこにあてて深いため息をついた後、 ミッチーは自分の書いておいた答えを消して、9と書いた。
「もしもーし」
「あんででねーんだよ!」
「なに?!なんなの!」
「なんで1回目で出ねーんだよ!何回かけさすんだテメー!」
「ちょっと家に携帯忘れて出てしまったんだから仕方ないでしょー」
「外出とったんか」
「そう、ヤスとコンビニ」
「なんで、こんな時に出てんだよ!あぶねーだろーが!ばかか!」
「ちょっ!アンタ、さっきからなんなの!インネンつけに電話して来たわけ?」
「ちげーよ。れんらくもーだよ!れんらくもー!!あしたの朝練、7時からな。」
「……え?え?ちょっとまって、なにそれ。何が変わったの?」
「……ん?……ああ、気をつけて、様子見ながら来いってよ!」
「……けっこう台風すごそうだけど……」
「なんだよ、てめえ、びびってんのか?!」
「そーゆー問題じゃぁないんだけど」
「てめーみたいなんは、風で浮くかも知れネーからな。ははは! 次、まわしとけよ。もう出歩くんじゃねーぞ」
「……はいはい、じゃあね」
「三井サンなんて?」
はぁ、といいながら、電話を切った幼馴染みのリョータに、ヤスが尋ねる。
「連絡網。……明日の7時から練習があるんだって中身なンだけど、わざわざ連絡網でまわすことかな、と……」
「サボらないように、キャプテンの念押しとか……」
「ありえる。」
2人で顔を見合わせて、うなずく。
「次は……と、シオか。」
正直、明日は台風のせいで、遅めに始まるのではないかと干しイモ片手に期待しながら窓の外を見ていたシオは、 がっかりしながら、カクに電話した。
「なんか、気持ちを見透かされたかのようなタイミングだったんだぜ! 釘をさされた気がしてさぁ、改めて赤木キャプテンの恐ろしさを思ったよおれは!」
「ははは、ほんとだな」
赤木キャプテンの恐ろしさは今に始まったことではないと思いながら、 ちょっとばかし他の二年生よりもジェントルマンなカクは、 あえてそんな恐ろしさを連絡網にのっけてまわすのもどうか、と思ったので、
「明日はいつもどおり練習はあるんだけれど、気をつけてくるんだぞということらしい」
と、ちょっとアレンジして、桑田に伝えた。
「先輩達ってほんと優しいよね!わざわざ、気をつけて来いって!心配してくれてるんだよ! もう感動しちゃったぁ!」
「ああ……そうなんだー」
本当に心配してるんなら、 そんな危なそうな時間から練習を開始するなんてことをそもそもしないんじゃないかと、佐々岡は思ったが、 彼は次にまわさなければならない人物のことで頭がいっぱいになっていて、桑田にたいして、 とてもそんなことを言う余裕はなかった。
「………………流川?」
「……あー……」
「ごめん、寝てた?」
「あー……」
「ごめんね、すぐ済ますから。連絡網なんだよ。」
「…………」
れんらくもーってなんだっけと寝ぼけた頭で考えてるルカワの沈黙を、不機嫌の表れと誤解した佐々岡は、 何だってオレがルカワに連絡しなけりゃならないんだと泣きそうな気持ちになっていた。
「あのね、明日の朝練、いつもどおり7時からあるんだけど、ほら台風でしょ?だから、気をつけて来いって。 そういう連絡だよ。」
「ふぅーん」
「じゃ、次にまわしておいてね。何度も言うけど、連絡網だから、これ。」
「ワカッタ」
連絡網ってあれのことか、とようやく分かったルカワの答えを、そんなに怒っていないんだ!ととらえた佐々岡は安堵のあまり、 次に流川が連絡をまわす人物が誰かということを告げることなく、じゃあね、おやすみと言って電話をきった。
それから3時間後。
花道が、明日の練習のためのランニングシャツ、短パン、タオル、などなどを用意して、「よし。では、天才は寝るか」 とひとりごちたところで、電話が鳴った。
「もしもし、桜木です。」
「……おれ」
”おれ”なる人物が誰かということは花道はすぐ分かった。
が、「オレだってオレだ!」と、叫びたかった。
が、 そこをぐっとこらえて、
「おお。キツネか!どうした……珍しいじゃねーかよ」
と、尋ねたのは、流川からの電話が嬉しかったから。
「電話するほどオレ様が恋しかったか!」
「ちげー。れんらくもー」
「…………もー?」
「連絡網。」
「ほぉ。そーかそーか、なんだね、さっそく連絡してみたまえ」
「あした 練習 サボんな」
流川は要約の達人だった。
「んだとーーーー!!サボるかー!!!!」
「俺が言ったんじゃねー、れんらくもーだ」
「ぬっ!ゴリか!ヤロー!天才をあんだと思ってやがる」
「じゃーな」
「ままままま!まてばか!」
「んだよ」
「せっかく電話してんだから、ちょっと……その……話そうぜ……」
「メンドクセー」
「なんたる言い草!ちったぁ、可愛いとこみせやがれ」
「ねみぃ」
「わーったよ。もーいーよ。……おれ、たしか連絡網の最後だったよな。」
「しらねー」
「最後なんだよ。ってことは、おれ、ハルコさ……じゃない!ゴリ!ゴリんちに電話しなければいけないのでは!番号教えろ!」
「……しねーでいいとおもう。」
「あんでだよ!しねーとおわらねーんだぞ、こういうもんは!」
「……こんな時間に、ヒジョーシキ。」
さっき自分が母親に言われたことだ。
「……珍しく、まともなこというじゃネーか。そうか。しかし、たしかにそうだよな。それに、しっかりオレ様まで伝わったしな。」
「そーそー」
「よしとしとくか。じゃーな、またあした」
「あー……おやすみ」
「お!おやすみ」
流川から発せられた意外な挨拶にほんわかとなった花道はそのまま、穏やかな気持ちで床についた。
台風は、夜が明けてもまったく通過せず、翌朝、すンごい暴風雨が神奈川を襲った。
しかし、湘北バスケ部員達は、集合7時を厳守した。
各々がオリジナリティあふれるものすごい体験をして集合したのだが、 感想は皆、一様に、「死ぬかと思った」というものであった。
そして、その場に、赤木と木暮と彩子のしっかりトリオがいないことに気付き、一同は、ようやくまともに 連絡網の内容について疑いの目を向けはじめた。
そして、内容を吟味した結果、今日のいまの自分達があるのはミッチーに原因があるらしいこと、それから、流川の次の石井に連絡網がまわっていなかったことが判明した。 その時、花道がちょっとだけ赤くなって流川を小突いていたことは誰も気付かなかった。
その日の練習、一番最初に湘北バスケ部がしたことは、連絡網の抜本的な作り直しであった。
自分で書いといてなんですが、私はこの話が大好きでして。
湘北の人たちが全員出てるからだと思うんですけどねー
湘北ホントサイコー!
この最初の連絡網は、アンザイ先生がみんなの生まれた順に適当に作ったもの、
という設定で、23巻47ページ参照です。
タイトルは灰谷健次郎谷川俊太郎さんの「朝のリレー」という詞の冒頭からお借りしました。