ご褒美

「いいですね~こっち視線ください」
 カメラマンが手を挙げると被写体はすぐにそちらを見た。もう何度も見てきた光景だがやはり絵になる。毎日のように打ち合わせや取材が続いていて、今はチームの広報誌に載せる写真を市内の撮影スタジオで撮影していた。後輩で我がチームの要、いやバスケ界の宝、流川楓クンはカメラマンに指示される通りにあちこちに顔を向けている。肝が据わっているので、どんなポーズでもためらいなくやる。たいしたやつだ。昔からやってきたことなんだろう、今更照れることもないらしくパシャパシャと撮られ続けている。慣れている。チョット慣れ過ぎなくらいだ。
 一旦昼食の休憩を挟むことになり場の空気が緩む。が、俺は一人腕組みをして考えていた。今回の広報誌はファンクラブにたくさんのファンを呼び込む目的がある。選手、スタッフ、かなり力を入れている。もちろん流川もだろう。文句も言わずに本当によくやっている。でも、何かが足りないのだ。何だろう。顔馴染みのカメラマンが寄ってきた。
「おつかれ」と声を掛けると、カメラを見ながら撮った写真を確認しながら「どもども」と返してきた。
「どう?うちのエース」
「いやもうほんとに、最高の被写体ですよ」
 だよねえ。
「でもさ、ここだけの話、なんか足りなく無い?」
「えー? なになに? 俺の腕の話ですか?」
 笑いかけてきたので、一緒に笑う。
「じゃなくて、流川。なんか足りなく無いか?」
 ふたりで流川のいる方を見る。ちょうど部屋から出ていくところだった。
「足りないどころか、有りすぎなくらいでしょ」とペットボトルに口をつける。
 そうか。やっぱり俺が思い過ぎているのか……と納得しかけたら、「まあでも」と言ってきた。なに?と視線を向けると、「言わんとすることはわかりますよ」と頷いてきた。
「もうちょっとはしゃいでくれると……ですよね」
「なるほどね」と頷く。
「求めすぎですけどね」と言った。
 いや、アイツになら求めていいんだよな……。

 撮影は後回しで先にインタビューを済ませて欲しいとスタッフに告げて、俺は急いでとある場所に向かった。車を10分くらい走らせて着いた先は古びた一軒家、流川が春頃から住み始めた家だ。門の前に立ちツルツルした皮の木を眺める。猫とか滑り落ちそうだな……。しかし、何度見ても古い家だ。稼いでるんだしもっとイイとこに住めただろうにと言ったら、「良い家っス」と流川は言った。流川が家について良い悪いを考えるとは思えない。たぶんパートナーの意見だろう。俺の目当てもそのパートナーだった。敷地に入ってすぐ庭の方に回る。最近は時間があるから畑仕事をしていると前に会った時に言っていたから、そっちにいるかなと思ったのだ。当たり。彼はやっぱり庭にいた。
「桜木くん」と声をかけると、一拍置いて振り向いてきた。タオルを首にぶら下げて作業着らしきシャツを羽織っている。軍手をはめた手はバケツを持っていた。「おお」と眉を上げた。突然の来客に少し驚いたようだ。
「なにやってんの?」
「種をまこうと思って」
「うわあ、すごいねえ」
「すごくはねえだろ」
 このサバサバした感じ、クセになるんだよなあ。
「なんか用か? あいついないぞ」
「桜木くんに用があるんだよ」
 そう言うと眉を寄せた。流川と違って表情がコロコロ変わるから分かりやすい。
「……変な話か?」
 警戒されてるなあと苦笑する。
「仕事の話だよ、ちょっとさ、流川の写真撮影に付き合って欲しいんだよ」
 お願いすると目を丸くして「なんでだ」と言ってきた。
「うーん、なんかちょっと」
 言い淀んでいると、「俺、カメラなんかやらねえぞ」と言ってきた。
「桜木くんにそんなこと頼まないよ」
「じゃあなんだよ」
「なんかさあ、現場に来て欲しいんだよな~」
「俺が行ってなにすんだよ」
「流川のやる気が出るよ」
「そんなのしなくても、あいつは真面目に仕事してるだろう」
「お~……」
 思わず感嘆の声が漏れて、ついでに拍手もした。
「いいねえ、信頼、絆」と言うと「……そんなんじゃねえよ」と桜木くんは照れたように目を逸らした。桜木くんていいよねえ……。
「おっしゃる通りだよ。流川は本当に良くやってくれてるよ。アイツはえらいよ」
 言われたことを黙々と……全く楽しくもないであろう仕事を……バスケばっかりしていたいだろうに……。
「そんな頑張る流川にご褒美というかサプライズというか、桜木くんが突然現れたら」
「普通にビビるだろ」
「でも喜ぶとも思わない?」と前のめりで言うと、桜木くんは黙った。知ってるんだなあ、流川にとって自分がどういう存在であるかを。
「いいねえ~いいよいいよ」大きく頷いてると「なんだよ」とまた照れた。本当に分かりやすいなあ。タオルを首から外しながら「どこ行きゃいいんだよ」と聞いてきた。
「来てくれるの?」
「アイツがどんな様子で仕事してんのか興味あるしな」
 そう言って作業着も脱いだ。縁側にいた猫に窓越しに指で挨拶した後で「そこに連れていけよ」と言った。

「戻りました~」
 スタジオに戻ると撮影が再開する雰囲気だった。午後はカレンダー用の写真撮影だ。流川はディレクターからポーズなどの指示を聞いていた。たまに小さく頷きながら。ふと流川がこちらを見た。でも目は合わなかった。流川の視線は俺の隣に固定されたから。
 桜木くんが手を挙げると流川はこちらに向かってきた。すごい。顔つきが変わった。
「なんでいるんだ」と尋ねる流川に、桜木くんは「まあちょっとな」と曖昧な感じに返す。「俺がお願いしたんだ。来てくれない?って」
「なんで」と今度は俺に言ってきた。
「桜木くんが来たら、流川のやる気がさらに出るだろうと思って」
「出る」と流川は素直に頷いた。良かった。実はまた怒らせるかも、と少しだけヒヤヒヤしていたのだ。
 
 2人きりにしようと思ってその場から離れるとカメラマンが近づいてきた。
「また大物が現れましたね。バスケ選手ですか? チームに入るんですか?」と桜木くんのことを聞いてきた。本当に堂々として、場に負けないよなあ。
「入って欲しいな」
「流川さん、良い顔してますねえ」
 カメラマンのセリフに俺も頷いた。桜木くんを見つめる流川は本当に良い顔をしていた。僅かに目尻を下げて、口元は少し緩んで、頬も柔らかい。喜んでいる。俺がこの顔が見たかったんだな、と気づいた。
「絵になる並びだなあ」
 同感だ。
「ねえ、撮影代を払うからさ、あの2人が一緒のところ撮っといてよ」
 あとで2人に贈ろうと思って、俺はそうお願いした。

おしまい